第九の二重フーガのところ、指揮者(大友先生など)が使う譜面(ベーレンライタ―版など)と日本の合唱用譜面(カワイ、MBSなど)で異なるところが2ヶ所ある(泉先生)

11月23日の泉先生のレッスンで聞いた話です。

第九の二重フーガのところで、指揮者(大友先生など)が使う譜面(ベーレンライタ―版など)と日本の合唱用譜面(カワイ、MBSなど)で異なるが2ヶ所あるとのこと。

【アルト677小節】

 Hei-lig-tum  のligを発声するのは2分音符(ド♯)からでなく、最後の4分音符(レ)から。(テノールのdeinと同じ音で違う発音する。なるほど)

テノール724小節】

Mil-li-o-nen!のliは2分音符(ラ)からでなく、最後の4分音符(シ)から。

歌い方は ミーリーオーオネーエンでなく、ミーイリオーオネーエンになる。

私は、5000人や1万人の第九のレッスンで実際にここまで細かい指導を受けたことはないけれど、泉先生曰く、大友先生からは指摘があるかもしれないとのこと。

各パートの合わせ精度を追求する合唱をベーレンライタ―版を正本として学ぶときには注意が必要ですね。西本250人第九はどうなるかな。

#第九合唱 #ベーレンライタ―版 

国技館5000人の第九レッスンメモ(泉先生、2019/11/23 14:30)

泉先生の三回目のレッスン。今回で泉先生のレッスンはおしまい。

前の2回のレッスンメモにあることをさらいながら、フロイデから最後まで歌った。

http://yoshihiro-kawase.hatenablog.com/entry/2019/10/15/122027

http://yoshihiro-kawase.hatenablog.com/entry/2019/09/24/214014

2回目のレッスンは二重フーガを一回歌っただけで終わったので、今回は、第九仲間が皆、大絶賛している、二重フーガの構造解説が聴けると期待していた。しかし、残念ながら、それはなかった。お楽しみは来年まで取っておくか。

友人の話では、フロイデ隊と、ザイトウムシュルンゲン隊の進行だけでなく、同じ音をバトンの用にパート間で歌い繋いでいくことの説明もあるとのこと。なるほど。自分でも譜面を眺めて考えてみよう。

さて、今回のレッスンは前にもまして入念な発声練習を、冒頭の30分間みっちりやった。丹田アタックと口の奥を大きく開けて深い声を響かせ、頭から上に抜く歌い方を再確認した。

肩回しと、横の人の肩たたきを5000人でやるところを見たいと、いつもの泉節も炸裂。両国の本番に泉先生は来られるそうです。見かけたら明るく声かけ挨拶して欲しいそうです。最初の声出しは和田先生のご担当とのこと。

泉先生のレッスンは歌の表現力を上げることにも力点が置かれているので、歌詞をリズム読みでなく、演説のように、意味の通じる発話で物語性を持って読んだり、浅い発声を修正されたりします。私自身も男声合唱やザイトウムシュルンゲンの男声が頑張るところで、力み過ぎて荒い声を前に出していることに気づいたところがいくつかありました。

【werden Bruederの発音の確認】

Wは下の歯を上唇に当てるがかまない。その合わせた隙間から息と音を出す。

Bは(歯ではなく)唇どおしが合わさってそこから破裂音を出す。

今回の説明で納得です。

【フォル ゴーーーオツの後】

 ファゴット2本が難しい低い音(B♭)を吹いている間はそれをじっと聴いていて動かないこと(息はする)。

元々のシラーの詩では、このフォルゴーオツの後は、イールスチュールトになる。つまり、神殿の門が開かないので、跪いて神を感じるか自問し、神を探しに天空に向かうのがストーリー。

フォルゴーオツの後に男性合唱が入っているのは、ベートーベンが別の話を入れたと考える(泉説)。

【Welt?(ff)   such'(pp)の聞かせどころの後】

「天空にお父様はいらっしゃるに違いない」をまずff で歌い、もう一度ppで歌う。ここの意味を理解して歌う。

どちらもUeberの前に二分休符がある。ここは合唱もオケも無音になる。この無音をしっかり聞くこと。その無音の意味は、1回目はまだ疑問があることをffで、2回目はお父様がほのかに見えた静かな強い感動をppで表す。2回目の三連符の伴奏は尋常ならざるものを見たことの表現。

この静かな感動を持って二重フーガに突入する。二重フーガは神に最も近づくための音楽表現。

【R以降】

フーガが終わっても、Rからまた、イールスチュールトの確認作業が始まる。先ほどはWelt?に(疑問符付きで)語り掛けたのに、今度はBrueder(常にsfで歌われる、第九の合唱で一番大切な言葉)に語りかけ、オケがハイハイと答え、もう一度Bruederと言って、最終的な「天空にお父様はいらっしゃるに違いない」の確信に至る。ここも最後のlieber Vater wohnenがppだからこそ強い感動表現になっていることを理解して歌う。

お父様の存在が完全に確信できれば、もうあとはお祭り。その開始をソリストたちが歌い始める。そのソリストの部分を泉先生が一人四役で歌ってリードしてくれた。ソプラノ音域をファルセットでそのまま歌ってしまう凄さ。

それにかぶせるようにSから合唱が参加する。感激ですね。

最後のプレスティッシモはもう、祭りだワッショイ(北島サブちゃんです)で歌っていいとの指導です。そうやって歌ったらとても楽しかった。

第九のことをもっと知るにはこの本がおすすめとのこと。

《第九》トラの巻 曽根大介 著

https://www.amazon.co.jp/gp/product/4276142245/ref=dbs_a_def_rwt_bibl_vppi_i2

以上

#ベートーベン #第九合唱 #泉智之 #すみだ5000人の第九

1万人の第九、佐渡連のメモ(11/22 19:30@文京シビックホール)

東京地区の参加者1700人(主催者発表)で佐渡裕総監督の指導を受けるレッスン@文京シビックホール

18:45の開場の30分前に到着。既に200-300人ぐらい並んでいたが、8割方が女性なので、テノール席の前から4列目に座れた。

全体を見た感じでは、参加者はアルト/ソプラノ/バス/テノール=500/500/200/200 の1400人ぐらいかな。

佐渡さんは細身のブルージーンズに、足首の見えるスリッポン(例年どおり)、白地に青で電卓のキーボードのような絵が描かれたTシャツ姿で登場。時々青いタオルで額の汗を拭う。

通常の100人規模で歌う合唱とは別次元の、「1万人だからこそできる、人間のちからを示す合唱を作る」という強い思いを述べられた。

「音の神殿を作りたい」と心に響くメッセージとともに練習開始。

【フロイデ】

指揮の手が肩の上30センチぐらいのところで、巻き舌を準備して、フライング気味、各人バラバラで構わないので、体をつかって全身で発声して喜びを表す(でも、最後のデはそろえる)。1万人のフロイデで観客を驚かせ、1万人の第九の世界に観客をぐいっと引き込むことが大切。

両手を振り降ろしながら体を使って何度も発声練習をするうちに(最後は女性も参加した)、声の迫力が見違えるように増してきて驚いた。

【Daine Zauber】

例年通り、左右の席の人と手を握り合って、ニギニギのリズム感を合わせて全員で歌う。

男性は年々よくなっているとのお言葉。

オクターブ上がるところでテノールが速くなることを注意されてやり直し(ここは毎年のことだなあ)。

ここは今年も、佐渡さんは「ニギニギ」で指揮するとのこと。

【Ja】

テンポ感がDaine Zauberの倍であることを意識して歌う。

nie ge-konntのsfの後、合唱ではじめて出てくるディミニエンド、(dim)der stehle, (p)weined~の練習。

weinendからの部分は涙を流して悲しく去っていく人々のこと歌うのだから、テンポ感を弱めて悲しい感じで歌う。

【Kuesse】

一万人のキスが煌めいているように歌う。

ソプラノ(とテノール)がJaのテンポのさらに倍(8分音符)で、上に向かう意識で歌っているのを、アルトとバスが横に流れていく基盤の音程(4分音符)を作って支えることが大事。

321のund der Cherubからは

天空の門の前で、ケルプ天使はまだ門を開けてくれないことを表現する。

326 からと328からオケ(ピアノ)が32分音符で下に2回崩れていくのはその門が開かない落胆を表している(おお、すごいことを教わった)。

その「なんで!」という、気持ちが最後の3回目のVor Gottのファのナチュラルとラの重音に現れている。(それまでの2回のVor Gottは二長調(Ddur) でファとドがシャープのD durとA durのコード。)だから、最後のVor Gottは目いっぱい引っ張る。佐渡さんの両腕が肩の高さにある間は引っ張る意味であると指揮を理解する。ここはカンニングブレスをしていいので、最後は「ゴーオツ」と「オツ」をしっかり発声すること。

この後の静寂をしっかり表現する(咳はダメです)。それは言葉による指示でなく、「ゴーオツ」の後、B♭に転調した後の、ピアノ(オケではファゴット2台)のシ♭のオクターブをしっかり聞く練習で確認されました。

男声合唱

このミッキーマウスマーチのような、天空に向かう男性の行進に付き合う音楽隊は小規模である(トランペットは1台)。その意味を理解して歌う(賛同する人はまだ少ない)。

合唱は行進にいろんな男性(例えば、パン屋、教師、警官など)が参加している不ぞろい感があっていい。

男性合唱の後のオケの演奏の最後の方は、行進していく足元がだんだんゴツゴツして来て歩きにくくなっていること(天空に向かう試練)を三連符で表現している。

恒例の、佐渡さんを男性第一列(今年はテノール1番乗りとバス1番乗りの間)に入れての、男性全員が肩を組んでの合唱は3回目でやりました。

【M】

Mに入る前に、オケが長調短調長調の和音を奏でるが、最後の長調の和音の2小節がMのメインテーマの前奏になっている意識で歌う。最初のフロイデは爆発するように歌う。

【Ihr Stuert】

佐渡さんの指揮に合わせて<Ihr Stuert>の練習。デクレッシェンドの表現ができていないとの指摘。その後のstuertは5音シュテュルツトと5音をしっかり発音する。< >の後一瞬の無音の後、その5音を始める指揮棒を佐渡さんが明確に振るのに合わせて何度も練習する。

 Welt?のffの後のppのゾッフォ。ここが佐渡さんの最大のこだわり(1万人でやるff-ppのダイナミズムの凄さを音楽的に高めていく)。発声の開始をみんなで合わせなくていいので、とにかく小ささの極限の発声で始める練習を何度もする。今日の極限練習で音が出なかった人は本番でも出なくてよい。それくらいの小さい声で始めることがとても重要。そのためにいつ発声を始めるのかをあえて棒で示さない指揮をするとのこと。

【二重フーガ】

今年の東京チームはとても上手(特にソプラノ)なのでびっくりしたとのお言葉。

ザイトウムシュルンゲンとフロイデシェーネがパートを変えながら歌われていくが、「フロイデ! フロイデ!」もソプラノ、アルト、テノール、バスの順で歌い繋いでいく。それを意識して歌う。この「フロイデ! フロイデ!」が各パートのピークになる。

【フーガの後のR】

バスがpでIhr Stuertを始め、テノールがpでAhnset duで受ける。この部分は6拍子であることを意識して歌う。この部分ではまだ疑問を感じているところなので、テノールは(音が上がっていくけれど)クレッシェンドしてはいけない。アルトが歌うゾッフォから確信が芽生えてくるのでクレシェンドする。その後4パートがユニゾンでゾッフォを歌うところで確信が確実になる。そしてそれがsfのブリューダーになって、オケがハイハイと答える聴かせどころをしっかり作る。この後、試練や迷いを乗り超えた「天空に愛しいお父様がいらっしゃる」という最終確信を歌い上げる。

その喜びの表現はソリストに渡される。

【S】

 通して歌う。

【最後のプレスティッシモ】

いっきに歌う。

最後のオケの演奏のところで天空の門が開くということを意識する。

【私の感想】

今年は前の2回より、音楽表現と曲の解釈に関する深い指導が多くあったと思う。

佐渡さんの、1万人の第九ならではの「音の神殿を作る」、という強い思いを共有することができて、例年以上にしっかり歌おうという気持ちになりました。

周りもしっかり発声している人が多く、1,000人を超える合唱もよく響いていた(会場のせいもあると思う)。それもあって、菅井先生の発声練習から張り切り過ぎて、最後のプレスティッシモのところでガス欠気味になってしまった。高いラが出ず、ちょっと後悔。声も少し枯れてしまった(最近はめったにないんだけどな、それだけ力が入った佐渡連だった)。最初の1万人の本番の時を思い出した。今年は本番に照準を合わせて、ゲネプロは余力を残してこなすようにしよう。それと、初めてオケの後ろのアリーナ席になったので、舞い上がらないように気をつけよう。

【追記】

佐渡さんの、「第九の第一楽章は〇〇、第二楽章はダンス、第三楽章は究極のラブソング。」というコメントがあった。どうしても〇〇が思い出せない。残念。

今年の1万人の第九の第一部にゲスト出演するファビュラスシスターズは、第九の第2楽章を踊っている。その関連で佐渡さんのコメントが気になるなあ。

https://www.youtube.com/watch?v=Lt8XTZ6rI1s&fbclid=IwAR2zY8Fj86EDax_uKiRi965LU-2nhWrZLjClnuxIfnDR92quS6qKiXgCT14

#1万人の第九 #ベートーベン #第九 #合唱 #佐渡裕 #コーラス #フロイデ 

 

 

 

「正倉院の世界」の展覧会@東京国立博物館(上野)を見て思ったこと

正倉院展。御即位記念ということもあって、シニア層を中心に大人気。平日の昼間で平成館の入り口の前に200mぐらいの行列。並んでから入るまで60分かかった。

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https://www.tnm.jp/modules/r_free_page/index.php?id=1968

展示室に入ってすぐに聖武天皇の本物の直筆がある(雑集という正倉院宝物)。端正ななかにも優しさを感じる文字。楷書なので読めるのに、何ぜか読んで行けない不思議な威厳を感じた。あの聖武天皇の直筆ですよ。その重みに圧倒される感じがした。和紙のくすみ具合にも1300年の重みを感じる。

60分並んで入って、中も混んでいるので、気がせいて先に進みたくなる。しかし、後から思えば、会場でもらえる出品目録をじっくり見て、どこに何があるかをしっかり把握してから見るほうが良かったと思う。目録には、国宝、重要文化財正倉院宝物の分類が記されているが、国宝のなかで、あまり印象が残っていないもの(海磯鏡)がある。そうと事前に知っていれば、じっくり見たのになあ、と思う。

私が思うに、工芸品として素晴らしいものは概して正倉院宝物である。ポスターに載っている琵琶や螺鈿の皿は正倉院宝物である。国宝は歴史的に重要なものなんだろうけれど、見た目が地味なんだろうなあ。

さて、ハイライトの琵琶である。ギタリストである私としては、これを見るために来たと言ってもいい。人だかりがしているガラスケースの中に琵琶がひとつ納められている。ああ、なんて美しいんだろう。フレットは5つしかないのか(これでは出せる音階はかぎられるなあ)。弦は5弦。駒止めに向かって末広がりになっている。駒止めのところの弦の様子を見ると、まるでクラシックギターのような弦の止め方だな。ボディーは一枚板に見える(レスポールか)。板の色からジャカランダを想像するが目録を見ると紫檀だな。まてまて、表だけ見て感動してはいけない。裏に回ろう(ルーブルミロのビーナスだって、背中をみて感動したじゃないか)。人垣について反時計回りに裏に回る。ああ、なんて美しい螺鈿なんだ。まるで昨日作ったみたいだ。でも、こんなことってあるんだろうか。そこでふと思ってパネルの解説を読む。おお、この展示品は正倉院が素材から再現した模造品なんだ(2019年完成)。弦は当時の美智子皇后が自ら紡いだ絹糸を束ねたものであるとのこと。なるほど、そういうことか。本物は前期展示(11月4日まで)のみ。残念。でもこれはこれで現代の工芸として素晴らしいなあ。さらに凄いのはこの琵琶は演奏できること。その音を録音したものを会場で流していた。5弦なので、5つの音が聴き分けられて、耳にとどめたはずが忘れてしまった(絶対音感があればなあ)。

その横には、今度は本物の4弦の琵琶があった(この4弦琵琶の展示は後期展示のみ)。本物として歴史の重みをかんじるなあ。これはボディーが空洞になってる(セミアコか)。弦の余りを駒止めのところで束ねているのは、ギターとは弦の張り方が逆なんだろうか。こっちはフレットが4つ。うーん、同じ琵琶でも違う楽器に思える。

それと、まさかと思った蘭奢待(らんじゃたい)の本物(正倉院宝物)が見られた。NHK大河ドラマなどにも出てきたが、天皇家の最高の香木。これをまず足利尊氏が切り取り、そのすぐ左側を織田信長が切り取り、そして明治天皇がそこからずっと左の先端に近いところを切り取っている。誰がどこを切りとったかがわかるタグが付いているのでそれがわかる。何とも言えない歴史の生き証人のような香木なんだなあ。

それ以外にも残欠と言われる、布の端切れが多数展示されている。染物美術が好きなひとはたまらないだろうな。聖武天皇が実際に着ておられた衣服の端切れや、吹かれた簫(笛)、打たれた碁石もある(飾り碁石であまり打たれた形跡がないらしいが)。その他お面や国宝の竜首水瓶もある。

最後は撮影も可能な場所になっていて、宝物保護の活動の紹介や撮影可の模造品が置いてある(簫など)。最後に森鴎外が歌った歌が掲示されていた。「燃ゆべきものの燃えぬ国」。これが日本文化の本質だな。燃えないように石で作る他の文化の対極にある。

 

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 #正倉院 #国立博物館 #蘭奢待 #琵琶 #螺鈿 #正倉院宝物 #国宝

 

 

 

 

 

 

 

 

コート―ルド美術館展は楽しめました@東京都美術館(上野)

レーヨン事業で財を成したイギリス人のコート―ルド氏が、印象派の時代のフランス絵画の芸術性に早くから気づいて、それをイギリス人に紹介する意図をもって買い集めた美術品を展示しているコート―ルド美術館が改装のために閉館している間に、東京都美術館が名画の貸し出しを受けて展示している美術展。

とても楽しめました。

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セザンヌルノワールというように作家別に画をまとめて展示しているのでわかりやすい。

セザンヌの画の展示は印象として「緑のセザンヌ」。森の木々を描いた作品が多い。全部で9作品ある。例のセザンヌらしい山(サントーヴィクトワール山)も描かれている。同名の画がオルセーにもある、「カード遊びをする人」もあるが、少しだけアングルが違っていて、展示品の方がテーブルがより「かしいでいる」気がした。

セザンヌが書いた手紙も展示されている。フランス語の筆記体なので全く読めないけれど、セザンヌのサインだけはわかった。「あ、真筆なんだ」ということで見入ってしまった。そういえば画のサインはどうだったかな、と思って画を再度いくつか見たが、サインが見当たらない。セザンヌは未完の作品が多く残っているのが有名だけれど、それと関係あるのか、単に見落としたのか、私にはわからないな。

さて、ルノワール。今回初めて見た「アンブロワーズ・ヴォラールの肖像」(1908年)。釘付けになって見入ってしまった。中年男性の画商を左斜め横から描いたものだけれど「なんてうまいんだろう」と感嘆した。ルノワールというとモデルの女性がみんなかわいいので、そういった視点で見てしまうことが多いけれど、中年のおっさんを描いた画をみてルノワールの力量を理解できた気がした。アングルの設定、背広の質感、頭髪のはげた感じ、左目から背景に至る暗さの表現の深み、こんな画が見たかった。ネットのデジタル画像を見ていては全く見えない領域での表現力。素晴らしい。

このおっさん画商は印象派のサポーターでもあったようで、セザンヌピカソも彼の肖像画を描いているのをネットで知った。見比べるのも面白い。ピカソはぶっ飛ぶけど。

今回のハイライトはマネの「フォーリーヴェルジュールのバー」(1882年)。その画の一部がチケットの背景になっている。

https://www.tobikan.jp/information/20180620_1.html

面白いことに、この画のエックス線写真(レントゲン写真)が合わせて紹介されている。その分析よると、鏡に映っているバーの女性の後姿は元はもっと中央よりにあったのを書き直したことが判明した(写真を見ると、後姿が2つあるのが、レントゲン検査のようにわかる)。ネットによると、この後ろ姿のあるべき位置をめぐっていろいろ言われているようで、それに一石を投じる科学の力を示したものと言えますね。コート―ルド美術館はこういった研究機関でもあるそうです。

そういう事は別にして、この画は真ん中のかわいい子以外に見るべきものがとても多い画です。皿の上に積まれた果物の質感表現にはセザンヌと違ったものを感じるし、鏡に写ったバーのある劇場の観客の様子はルノワールムーランドラギャレットを思いだすが、そこにはマネならではの表現がある。この画にもとても見入ってしまった。

ウィキペディアによれば、フォーリーヴェルジュールというミュージック・ホールは2013年でも存在している。今でもあるなら行ってみたいですね。

と思って、ググってみると、今は通常のミュージカルを見る場所のようで、バーなどはないかもしれないですね。

https://www.foliesbergere.com/

さらに、グーグルマップで場所を調べると、パリで私の歩いたことのある、オペラ座ルーブルーオランジェリーの三角形の外だけれど、オペラ座からは歩ける距離だとわかった。

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その他、ゴーガン(ゴーギャン)やドガモディリアーニの「裸婦」などいい画がいっぱいあるし、ロダンの彫刻の小ぶりなものもいくつか展示されている。

イギリス人大富豪の懐の深さも含めて、見どころ満載のいい展覧会です。お勧めです。

ショップでフランス直輸入のビスケットを売っていたので思わず買ってしまった。後で見ると輸入元は神楽坂の有名なそば粉のガレットのレストランの「ル・ブルターニュ」。なるほどですね。さっそくガレット(薄焼き)の方を頂きました。

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#コート―ルド美術館 #セザンヌ #マネ #ルノワール  #フォーリーヴェルジュール #ガレット

 

 

 

 

メディアのあるべき論を考え、現状を憂うにはよい本。知識人がメディア論の名著を紹介し、それに照らして現状を分析してくれるが、改善のための提言はない。

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表紙と本の中身は何も関係ない(こんな、いかにも売らんかな、のタイトルをつけることに出版業の凋落を感じるなあ。むしろ、裏表紙が本の内容を説明している)。

本書は、メディアが政治権力と結託して人民をコントロールしているなんてことは少なくとも日本ではなくて、むしろ、メディアが売らんかなの資本主義に毒されてしまって、民主主義を下支えする本来の機能(中間共同体としての結社)を果たしていないという危機的状況を憂いている。さらにSNSによる単純化された情報の羅列があふれることで、人々が本を読んで思考することをやめてしまって、自ら進んで本を捨てていく(古典が忘れ去られる)ことの危機が語られている。

最後に4人の識者による「メディアの生きる道」という対談があるが、提案めいたものは「NHK頑張ってね。忖度して自主規制なんかしないで、現地取材してね。」程度。知識人に行動提案を求めること自体がないものねだりではあるんだけどね。

しかし、知識人から得る物もあった。それは「Nation」と「Nationalism」について。以下にいくつか引用紹介します。

ネーションは文化的な共同体である。ナショナリズムは文化的なアイデンティティと政治主権が及ぶ範囲を合致させようとすることである(ベネディクト アンダーソン)。

さらに面白かったのは、ナショナリズムとは「俗語が聖なる言語の地位を奪う事。」

国語の権威の源泉は「声」にある(漢字やラテン語は数式や記号と同じで、文字だけが重要で、発音はどうでもいい)。

言文一致小説(夏目漱石朝日新聞に連載した三四郎)が近代国家の成立を後押しした。ルターが聖書をドイツ語で出版したのも同じ意味を持つ。

ここからは感想。

香港が広東語を捨てて北京語になるかどうか(教育はすでにそうなっているんだろうか)は極めて重要なことだな。香港人の友達が言っていたが、広東語と北京語は書くと同じだが、発音すると全然違うとのこと。

ラグビーで歌うナショナルアンセムもしかり。南アフリカは五か国語で歌っているとのこと。アイルランドは島でチームを作っている(アイルランド国+イギリス国の北アイルランド)のでアイルランズ・コールを歌う。

「声」=「歌」の持つ意味を考えさせられました。特に国歌はなおさら。

EUはベートーベンの第九がEUの歌になっている。イギリス人はドイツ語は嫌かもね。フランス人はどう思っているんだろう。でも、基本はAlle Menschen werden Bruederだからみんな国家を超越して歌えるはずですね。

1万人の第九築地1クラスレッスンメモ(2019/11/1 15:00)

最初は、本番でゲストと歌う歌(山崎まさよし セロリ)の合唱部分の練習。受付でもらった楽譜を使って、簡単な音取と「Uh がんばってみーるよ」のリズムの確認。

第九の練習はは先回と同様 Ihr Stuerztの<>ところから。Millionenのcres. からWelt? のff, Such' のppの強弱表現をしっかりさらう。

643からのff のUeber Sternen muss er wohnen とフーガに入る前の三連符の伴奏で歌うppのUeber Sternen muss er wohnen は歌詞は同じだけれど意味が違うことをよく理解して歌う(前者は内心で決意を固める強さを歌う。後者は本当に主のお姿がほのかに感じられた神秘的な感動を静かな確信を持って歌う)。ppのところは各パート同じ音を糸を引くように持続的にきれいに歌う。後半で音が下がらないように(特にテノール。今回は2回目でOKが出た)。

下村先生はここの部分が第九のクライマックスであるとおっしゃいます。

大切なことは自分はどう歌いたいかの思いをしっかり持つこと。

1万人の第九をイベントであるとか、お祭りであるとか考えてはいけない。ベートーベンをリスペクトして歌う。そのためには、ベートーベンの思いが詰まった譜面のとおりに(強弱、レガート、休符などを)しっかり歌うこと。

ここから最初にもどって練習。

Deine Zauberのところ。Freudeに続いて、はじめての男女四声のユンゾン(テノールは時々オクターブ上に行く)の歌が始まる。ここで大合唱団の力を聴かせることが大切。そのためには観客が驚くような、表現豊かな歌い方をする事。単にリズムだけで浅い、喉で出す声で歌ってはいけない。

Jaのところ。とにかくバスは賛同を示すJaを力強く発生すること。nie gekonntにsfのピークを持っていく歌い方をさらう。

Kuesseのところ。vor Gottは他のパートの音を聴いてきれいなハーモニーを作る。

フーガの部分。意外とあっさり「まあ、いいでしょう。」言いたいことはいっぱいあるが言わないでおこうという感じでした。個人的にはdein Hei --- Heiligtum dein Hei -- Heiligtum!の言葉がハマらないことがあるので、もっと練習しないといけない。

SのDeine Zauberのところ。急いでしまって言葉が甘くならないように。810のPoco adagioの>p のところを情感深く歌う。

918 からの最後の部分を力強く歌う練習。テノールは高いラの連発なんだけど、だんだんこの「ラ」が強く歌えるようになってきたように感じる。

レッスンもあと一回(11/15)。しっかり歌おう。