旅の思い出(久々の中国、2007年)

久々の中国

2007年09月


おそらく5年ぶりの中国。 


最初の中国体験は2001年9月11日。911の惨事はシンセンのホテルで NHKのBSを見て知った。 

その時は、香港から陸路でシンセンに入ったが、入国の管理官は軍服を着ていてパスポートの写真と顔が同じか確認された冷たい視線は今でも覚えている。 


入国ゲートを抜けてシンセン側に入ると、駅の待合室のような場所があったが、そこには古い木製の長椅子が教室のように並んでいて、その隅っこにテレビがあり、古くて点滅している蛍光灯の下に、中国人が4,5人寄り添ってテレビを見ている光景が、なにか昭和30年代の日本ような気がしてショックを受けたことを覚えている。 

次に行った時(おそらく02年)は北京はオリンピックのための道路工事の真っ最中。上海はスモッグで喉が痛かった。 

その時、帰国のために上海の浦東空港にタクシーで向かっていると、警察が高速道路を急遽閉鎖したので、タクシーはやむなく一般道に降りた。そこはでこぼこのどろんこ道。牛が荷車を引いていて、人々がめずらしいものを見るかのように車の列を眺めている。 
タクシーの運転手は身振り手振りで”道はよくわからないが、あの空港リムジンについていけば大丈夫”と言っているみたいだが、途中で見失った。えいやっと走っているとたしか、浦東機場との行き先表示が出たので、助かった。運転手は字が読めないような気がしたが、いい人だったので降りる時にチップをはずんだ。 

さて今回。北京は道路工事は終わり、オリンピックスタジアムが姿を現していた。上海も都会らしくビルが建ち並んでいる。 

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5,6年前に比べれば、古いものが見えにくくなり、都会の様子になってきてはいるが、なにか落ち着かない。 

オフィスビル、ホテルもゴージャスで快適ではあるが、どこか疲れる。足が地に着いていないというか、なにか腰高で不安定な気分になる。急成長のあやうさというか、はりぼてというか、でも人口13億人の中国のパワーに日本は経済面では飲みこまれるだろうなあ。

特に若い人が多く、成長への意欲が高いのはかなわないかも知れない。衆寡敵せずとは言うものの、それではつらい。 
山椒は小粒でぴりりと辛いでは引き立て役の負け惜しみ。 
やっぱり欧州のようにカルチャのストックがアイデンティティにならないと。携帯やPCやTVセットのような、あればいいコモディティのハードウェア製造の世界はもう中国に任せるとしても。。 

さて、閑話休題。 
  
今回上海蟹を食べた。 
蟹王府というグーグルで検索するとたくさん出てくる有名な店で499元(8000円)のコースを食べた。大満足。 

メインは大きめの拳ぐらいの大きさの上海蟹の姿蒸。お姉さんが食べやすいように剥いてくれる。蟹味噌をメインに味わうがプロの技であの細い足の身もだべられるようにさばいてある。 

姿煮もさることながら、ふかひれと蟹味噌のスープも絶品であった。蟹味噌ラーメンも辛さとピーナッツの味付けのバランスが絶妙。この店はラーメンでも有名と聞いた。 

最後に生姜茶が出てきた。蟹は体を冷やすので、生姜で体を暖めるのと殺菌の効果を出すのが目的とのこと。 

これがうまい! 甘い暖かいお茶と生姜とのバランスがいい。金沢の銘菓”芝舟”を溶かしたような味。思わずお代わりを頼んだ。 

今回デジカメを忘れた。携帯のカメラでは写真はあまり取れなかった。 
この蟹のコースはメニューから、料理まで写真をとっておきたかったなあ。 

蟹王府、店内も明るくてきれい。落ち着けます。お勧めです。 
中国の琵琶(4弦)と打琴(弦をバチでたたく)の女性DUOの生演奏もあった。

  
われわれが日本人6人とドイツ人1人のグループだったのを知ってか、瀬戸の花嫁とかエーデルワイスとかも演奏してくれた。