厚生年金の持続可能性について整理してみました。

8月末に早稲田大学野口悠紀雄先生の特別講義で、年金の話を聞きました。それを聞いたことで、年金に対する考え方が整理できました。なので、メモを作りました。

ここでいう年金とはサラリーマンが加入している厚生年金のことです。今の仕組みは60歳まで年金を払って、原則65歳から年金をもらう仕組みです。

年金というと、まずは、以下のように考えるのが自然ではないでしょうか。

大企業でそこそこの職位までいった人が今リタイアしていて65歳であるとします。60歳までに納めた厚生年金は累計で1800万円ぐらいです。その額であれば、65歳から毎年220万円が年金として死ぬまでもらえます。なので、あと8年、73歳まで生きれば元が取れたかなとなります。では、74歳以降も生きていたら、もらえる年金の原資はどこから来るのでしょうか。自分の勤めていた企業が自分の払った分と同額を年金機構に払ってくれています。この1800万円があと8年、81歳までの原資に見えます。でも、今65歳の男性の平均余命は20年です。そのとおりに85歳まで生きるとするちょっと足りない。ですが、会社の拠出分も含めて累計3600万円を約38年間も年金機構は複利運用していたことになるので運用益を含めていくら何でも2-3倍ぐらいにはなっているだろう。なので、あと16-32年(97歳ー113歳まで)なんかなるはず。なので、人生100年時代になっても大丈夫。こんな風に考えたくなりますよね。

ところが、野口先生の説明は全く違います。今の厚生年金の実態は、上記の積立保険のような積立方式ではなく、給付方式である。それは、その年の年金機構への入金総額をその年の年金給付に充てるというやり方である。つまり、その年に現役サラリーマンの納める年金掛け金総額が引退したサラリーマンへのその年の年金の原資になっている。なので、年金収入総額>年金支払い総額 を毎年維持していくのが年金を運営する大原則になる。

年金機構の収入は

1)サラリーマンが給与の9.15%を拠出する

2)その同額を企業が拠出する。

3)国庫が上記の合計の同額を負担する(これを私は認識していませんでした。これには税金が充てられます。これが消費税の増税をする根拠の一つです。以前は全体収入の3割が国庫から補填されていたのが今や5割にまで増やされています。)

の3本建てです。

実態を調べてみました。平成28年度のデータがあります。https://www.mhlw.go.jp/file/04-Houdouhappyou-12501000-Nenkinkyoku-Soumuka/290810kessann.pdf

厚生年金の収入は49兆円、支出は46兆円で 3兆円の黒字です。

ですが、収入の半分は国庫からなので、年間24.5兆円が広い意味の税金から厚生年金の支出にあてがわれています。平成28年度の国家財政は収入(税収)が55.5兆円、支出が97.5兆円で大赤字です。この赤字を国債を発行して埋めていています。その実態を見た上での24.5兆円の厚生年金の国庫負担は重いですね。これはサラリーマンリタイア世代への税金を使ったベーシックインカムの給付のようにも見えます。

今の年金受給者から見ると、これはおいしい。自分の拠出金だけでなく、企業の拠出金や税金が自分の年金を支えてくれる。冒頭の例からみると74歳以上生きると得しかありません。何としても現行政権を維持してこの既得権を守りたいですね。

ですが、納税者の立場から見ると、毎年24.5兆円の税金が厚生年金に補填されているのはあまりに重い。確かに、冒頭の例で行くと、81歳以上で年金をもらっている人の数は増えてはいるでしょうが、それにしてもです。冒頭の例のように剰余金の運用がうまくいって年金積立金がたんまりあれば、それを取り崩して税金補填を減らすという考えもあるでしょう、ところがそのトラの子の年金積立金は平成28年で118兆円です。年間年金収入の5年分ぐらいしかありません。税金の補填を止めたら、5年で破綻です。逆に言うと今の年金は税金投入によって維持されているのです。

年金積立金はもっとあってもいいんじゃないかと思えます。野口先生は年金の将来に渡る単純な収支計算(成長率と積立金運用利回りの仮定数値の設定)を当時の厚生省の役員が間違えたことを指摘されました。(他目的への流用など)それだけじゃないような気もしますが、調査不足で何も言えません。

しつこいですが、年金単独収支で見ると、年間で24.5兆円しか収入がないのに、46兆円支出している。ここだけみると成り立つはずのない仕組みです。今の年金は税金の補填があるからこそ継続できているのです。

サラリーマンは合計で年間12.3兆円を払っています。厚生年金を払っているサラリーマンが約3800万人なので、ひとりあたり約32万円/年を払っています。これが年収の9.13%ということは、サラリーマンの平均年収は350万円です。そしてサラリーの国内総額は135兆円です。そして企業は従業員一人当たり約32万円/年払っています。従業員が1万人いれば32億円/年です。

一方、厚生年金を受け取っている人は3200万人で、ひとりあたり143万円/年を受け取っています。うーん、確かに税金で補填しないとバランスしないなあ。

人口動態的には今後厚生年金を払う人はますます減り、貰う人はますます増えます。収入は上記3本柱なので、年間収支がいずれ赤字になるだろうという予想は容易につきます(税金からの補填は5割で留める歯止めはあります)。

その対策として、そのときの社会情勢(現役人口の減少や平均余命の伸び)に合わせて、年金の給付水準を自動的に調整する(減額する)仕組みである、マクロ経済スライドという仕組みを2004年に小泉政権が導入しました。この仕組みの導入をもって「日本の年金(サラリーマンの厚生年金の仕組みの存続)は100年大丈夫」と言ったのです。確認ですが、それは仕組みが維持できると言っているだけで、額が大丈夫かどうかは言っていません。それを検証したのが先日発表された年金の財政検証です。いろんなケースがいろんな前提でシミュレートされていますが、いまいちわかりにくいですね。https://www.mhlw.go.jp/content/000540200.pdf

野口先生は、これとは別に、マクロ経済スライドがうまく機能しないケースが実現する可能性を説明され、それによって単年度赤字が発生する可能性があることを示されました。そういう状況下で年金を維持するためには給付開始年齢を65歳でなく、70歳にあげていくのが現実的に取り得る対策だと結ばれました。

その後、えっ、という発言をされました。それは

1)今年金をもらっている人に適用されるのはインフレスライド制だけなので、現受給者の年金額が下がることはない。

2)マクロ経済スライドで下がるのは、新規に年金をもらい始める人の額である。(えっ、なので再確認したいですが、年金のコンセプトが確定給付ならそうですよね)

3)受給開始年齢を上げるやりかたは、2025年から3年に1歳づつあげて、2040年に70歳にすることになるだろう。これも年金受給者の新規参入のハードルを上げるだけです。年金をもらっている68歳のひとが突然もらえなくなるわけではありません。

見事に既得権益者(自民党に投票する年金受給者。団塊の世代もいまや70歳超えです)を守っていますね。

野口先生は年金の単年度収支の話をされただけで、年金運用の話はあまりされませんでした。ただし、年金運用を株で行うのは反対とは言われました。

年金運用に関しては、最近こんな記事があります。

公的年金を運用する年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)が1日発表した2018年10~12月期の運用実績は、14兆8039億円の赤字だった。世界的に株価が下落したことが影響した。赤字は3四半期ぶりで、市場運用を開始した01年度以来、四半期ベースで過去最大の赤字額となった。」

https://www.nikkei.com/article/DGXLASFL01HGW_R00C19A2000000/?n_cid=SPTMG002

この運用失敗というか、保有株式(実態はETF)の時価評価額の下落が続くと、年金積立金がゼロになって年金が破綻するというようなコメントをネットで見かけますが、それは説明が違いますね。 上の日経の記事にしてもGPIFは年金(全体を)運営しているのではなく、法人名が正確に記しているように、年金積立金を運用しているだけです。

年金収入の50%を国庫が負担し、年金受給資格年齢をゆっくり上げて、新規参入のハードルを少しづつ上げていくくことで年金という仕組みとシニアの既得権は維持できます。シニアが今受け取っている年金受取額は増えることはあっても減りません。これから何年後か以降にもらい始める人はその受給額が逃げ水のように減っていくことはあるでしょう。ですがゼロにはなりません。さらに、年金は65歳まで納めましょうとなるかもしれません。そのための働き方改革です。そうやって年金の仕組みを守ります。年金は破綻するかどうかではなく、破綻させないように、そしてシニアの利権を守るように運用するのです。それが嫌なら若者よ、シニアのための自民党に対抗できる、若者のための政策を立案実行できる信頼できる政党を作って、それに政権を担わせましょう。

ここからは蛇足です。

データを見ていると、三号保険者と言われる、サラリーマンの妻の専業主婦が380万人います。この人たちは年金を払ってはいないけれどいずれ年金をもらえる人々です(多くはないですが)。男は外で働き女は家を守るという価値観が残っているのですね。これも自民党の政策です。俗にいうリベラル政党はここをどう考えるのでしょうかね。専業主婦vs.働く女(厚生年金払ってる)の対立を煽るのも厳しいですね。

自営業者の人は厚生年金が原則なくて、国民年金だけです。もらえる額も少ないです。受給者は3400万人、支払者は1600万人です。未払者が多いと言われていますね。ですが、自営業者は家族経営の店をやっていたりして一生働くのが前提です。65歳から年金に頼るサラリーマンとは違うライフプランです。

年金弱者は厚生年金のないパート生活者です。働き方改革の一環でパートも厚生年金に加入させようとの動きもありますが、企業が同額を負担せねばならず渋っています。

厚生年金と失業保険、生活保護をまとめてユニバーサルベーシックインカム(月7万円を国民全員1.2億人に配る。年100兆円必要でいまの税収全体をはるかに超える)にできれば素晴らしいですね。でも、厚生年金生活者は現状の受給額が維持できないかもしれない。税制や国家財政バランスの考え方を合わせて変える必要が出てくるでしょう。給付金を広い意味のデジタルマネー(有効期間と地域を限定)にして突破口を開くのが私の妄想ですが。

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