「今の新自由主義的資本主義経済が作り出した格差社会を、マルクス経済学を現代の視点で見直すことで解決できるか」を語った本を読んでみた。

この本も表紙は客よせパンダで、むしろ裏表紙が内容を語っている。

マルクス主義を現代風に見直すことで今の格差社会に活路を見出したいというのがこの本の主旨であると思う。

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マルクス主義を見なおそうとストレートに言うと、あの無茶苦茶だったレーニンスターリン毛沢東の時代に戻りたいの、あり得ないよ。共産党一党独裁はそもそも民主主義ではないし、国民が国家(共産党)の下僕となることで生じる上位下達の無気力無競争状態が社会の発展の原動力を奪ってしまって、社会を停滞、崩壊させるから駄目でしょ。そして権力はその常なる姿として腐敗し、反対派を魔女狩りのように粛清してその権力をむりやり維持しようとするから、人権なんてない暗黒社会だよ。で終わってしまう。

大切なのは国民主権。国の有り様を決める憲法を国民の意志として定め、その憲法の精神を実現するやり方を定める法律を、普通選挙で選ばれた各地域の国民の代表者(議員)が多数決で定める。

そして、その法律に基づいて国民から税金を取り、それを原資にして実務を執行し、国家の安寧秩序を守るための強制力を持つ機関としての政府を多数派政党、あるいは選挙で勝った大統領に編成させる。

そして、その状況を議員だけでなく国民が監視する(その状況を国民に知らせるために存在するのが新聞、報道などのいわゆるマスコミ)。その実行の仕方が気に入らなければ、その民意をデモやストという形で政府に伝えて改善を促すし、定期的に行われる普通選挙によって政権を取らせる多数派政党(あるいは大統領、選挙制度による)を交代させられる。

そういった民主主義という仕組みが、国民と国家(政府権力)との関係における最良の仕組みだよ。それはいわば現代社会が共有している基本原理のようなものだよね。

と、一気に書いて、守るべきものは民主主義であって、その最大の価値は権力者の横暴を防ぐ仕組みにあることが再確認できたが、この中に資本主義という言葉が入っていない、つまり、必ずしも、民主主義=資本主義ではないことに気づく。

皮肉なことではあるが、実態は独裁国家なのに〇〇民主主義人民共和国と名乗っている国もある。かの国では、虐げられてきた農民や労働者階級である(はずの)人民の一部が王権や他国から来た権力を倒して、自らが権力を握ればそれが民主主義という定義なんだろうな。

さて、言葉の意味を確認すると

民主主義:普通選挙で時の政権を担う人を決めること

資本主義:法人(株式会社)がお金(資本)を集め、それを元手に製品やサービスを提供してお金を増やして利益を上げ、資本家に配当によるフローの利益や株価の値上がりという資産価値の増大で報いることを旨として経済活動をすること。

自由主義私有財産を守ることを第一とし、政府が個人にあまり干渉しないようにすること。市場経済に任せて国家は法人や個人の経済活動に対する規制をあまりしないこと。

共産主義私有財産を廃し、国あるいは共同体が資産を所有すること。人民は国や共同体から提供される家に住み、与えられた職場で働く。衣食住と仕事が死ぬまで国から保証されるので個人財産を増やしたり、それを子供に相続させたりする意味がなくなる社会。個人生活のフロー(生活費)が維持できれば個人のストック(資産)はいらないという考え方。究極の平等社会。

社会主義:政府が社会全体を差配し、個人の生活をささえること。社会のための活動は主に政府が国営で行う(下水道、電気、運輸交通、物の製造、医療、福祉)。利益を上げることが目的の私企業は停止し、国営企業が社会に必要なものやサービスを提供する。経済成長よりも社会全体の平等を重視する。

さて、本書である。

第一部に登場するマイケルハートはデューク大学の教授で、「帝国」という「21世紀の共産党宣言」と言われる書物の著者である。

氏は、まず最初に「格差論」のピケティに代表される、行き過ぎた資本主義を飼いならして社会民主主義的な社会を作ろうという考えでは世の中はよくならないと言い切る。

社会運動による社会変革をおこし、コモン(=民主的に共有されて管理される社会的な富)の自主管理を基盤とした民主的な社会を作る。それが新しい「共産主義社会」であるという。

牧草地、川の水、電力供給システムがコモンの典型的な例。さらにいえば地球全体がコモンであるともいえる。コモンの考え方は地球温暖化を防いで地球をまもろうという環境主義と背中あわせになってくる。そして、経済成長するために石油を掘るなどという行為は地球を略奪しているとして、経済成長を旨とする資本主義と対立することになる。

発展とは経済成長のことではなく、地球に対してよいことをすることだという。

資本主義では利潤の追求に適していないものは放置される。それは教育、育児、介護、低炭素産業であるとも言っている。

所感としては、国家でなく、人民が民主的に管理するコモンの考え方は面白いと思う。太陽光発電+水素エネルギー(水素を燃やして電力を作る燃料電池太陽光発電が余っている時にその電力で水を電気分解して水素を作って貯蔵する)でエネルギーを自給自足できるスマートシティがそのようになれば面白い。

だけれどそれはせいぜい数万人単位の話で、そういったスマートシティーが何件実現できるのかといったレベルの話だろうなあ。環境にやさしいコモン的な生活をすることで地球温暖化問題が全体的に解決できるとはとうてい思えない。

地球全体を考えるならば、77億人が飢えず、暑さ寒さをしのげる衣服と住まいを得られるようにするのが第一。そのためにはテクノロジーを進歩させて(食品の遺伝子編集も含む)食料の生産性を上げ、社会生活のためのエネルギーを安く大量に供給しなくてはいけない。その実現のために、利益を増やすことを駆動力にして、生産の拡大を実現することを旨とする資本主義は、極めて効率の良い仕組みであることをあらためて確認したい。

確かに、効率や利益を第一に考えて行動することで、環境への負荷が増したり、その流れに乗れない人を置いてきぼりにする弊害はある。

しかし、環境主義的なコモンが、人口爆発が継続している地球全体で適用できるシナリオが示されない以上、一部の特定地域で「ユートピア」のようにそれが実現できたとしても、それは大したことにはならないないだろと思う。それを社会運動として地球全体に広げていけるとでも思っているんだろうか。あまりに理想主義に過ぎると思う。

一部のリバタリアンたちがそういう理想郷を求め、それをダイバシティ―として認めるような寛容さが先進国で発生して、いくつかの理想郷は(スマートシティとして)実現される、あるいは北欧の社会民主主義国家の一部がそうなることはあっても、地球全体規模での処方箋にはならないだろうなあ。

地球温暖化は進行し、人が気候的に暑すぎて住めないところは確実に増えてくるだろう。それを放置できないのはそのとおり。超楽観論としては、その代わりに、今は寒すぎて人が住めないツンドラ地帯が大穀倉地帯になって人類を救うかもしれない(ツンドラが融け出すとその地下に埋蔵されている大量のメタンガスが放出され、それが地球温暖化を加速するとの説もある。それはそれで問題だけど)。

究極的には人類は地球を捨てて火星に移住するなどのシナリオもオプションにはなるだろう。未来のノアの箱船だな。そのための宇宙空間を含むテクノロジー開発はやめるわけにはいかない。それを支える仕組みとして資本主義が最も効率的である点をもって、私は資本主義にもとづく「テクノロジーが人類を救う」コンセプトを支持したい。そのテクノロジーはもちろん地球温暖化を緩和する技術開発も含んでいる。

地球温暖化対策のコストを(広い意味での利益を追求することを旨とする)資本主義のスキームでどう負担するのか、そこにコモンの受益という概念をどのような納得性を持って入れ込めば社会がそれに向かって動けるのか、それを考えたいとは思う。また、それをするのが政治だと思う。

具体的には納得性のある環境税の徴収とそれを原資とした有効な環境対策の実行がカギになる。企業にその事業範囲を超える規模の環境対策のコスト負担を求めるのは無理。

炭素ガス排出権の取引は極めて資本主義的な環境対策だと思ったが、その実態が今どうなっているのかよくわからないな。

黄色いベスト運動のように、炭素ガスを排出する化石燃料に単純に環境税を課税するとトラック労働者が怒るという卑近な例もある。

地球を守るために成長をやめて、CO2が少なくて寒冷な気候であった産業革命前の生活に戻ろうなどという事はあり得ない。そうなれば「神に祈り、神をひろめることを名目とした戦争」以外、やることがなくなるのだから。

 

さて、第3部のポールメイソン氏。資本主義は情報テクノロジーによって崩壊すると自著の「ポストキャピタリズム」で述べている。

氏のいう事はどうもこういうことらしい。

デジタルミュージックを例にとる。一度音源を作ればそれをネットで配信するコストは限りなくゼロに近い。変動原価はほぼゼロなのでその販売単価はやはりゼロになる。これでは儲けが出なくなって資本主義が崩壊するんだと。

ビジネスを知らない人ですねえ。物の値段はその提供する価値で決まるのですよ。コストで決まるのではありません(著作権というコストもある)。デジタルコンテンツビジネスの醍醐味は、(著作権のことは別にして)変動原価実質ゼロで、価値を有料で大量に提供でき、それで膨大な利益を得るところにあるのですよ。

さらに、その価値提供のやり方を、昔のiTuneのような、デジタルデータとその使用権という「モノ」の販売から、ストリーミングという、いつでもどこでもそのときに聞きたい音楽があるという楽しい経験に満ちた空間を提供するというビジネスを構築したところに革新的な凄みがあるのです。

1曲いくらという価値提供の方法すら過去のものとし、国境を越えたグローバルサービスビジネスに発展的に展開し、さらに、地域性のある消費税を一時的に骨抜きにすらしているという、従来のビジネスをほぼ不可逆的に破壊する新しいやり方で市場を席捲する、とてもディスラプティブなビジネスモデルなのです。

氏はこういうことも言っています。

「情報社会では仕事と余暇の区別が曖昧になり、社会的な知に媒介された共同的な仕事が主流になる。」

例えば、氏が記事を書いて原稿料をもらう仕事と、ウィキペディアに書き込みをする余暇でする作業の価値を考えると、ひょっとしたら後者の方が社会の役に立っているかもしれないというような事象をどう考えるか、それと個人の労働に対する対価(提供した価値に対する報酬)をどう考えるか、といった新しい局面が生じつつあるという事を指摘している。

ウィキペディアのような、人々の共同作業でできた知識は誰に帰属するのかの問題が出てくる。また、フェイスブックに集まったデータは誰のものかの議論も発生する。これを「コモン」と考えれば、第一部のマイケルハートの考えに近づく。

こういった資産の共有の考え方は、私的所有を前提とする資本主義と相いれなくなってくる。

私的労働や私的所有の考え方が揺らぐことが、ポストキャピタリズムで、それを共有主義(共同資産=共産主義)のバージョンアップと言えなくもない。

オープンソースの考え方はその一つとも考えられ、資本主義の原理からは出てこない無償の社会的共同作業が資本主義の生産性を上回ることもあり得る。つまり無料のものが社会に対して価値を生んでいるわけで、これも資本主義や労働に対しての報酬という概念に変更を迫っていると言える。

そして、氏は今ブームともいえるユヴァル・ハラリの考え方を批判する。ハラリの「ホモ・デウス」には人間の理論がなく、人は技術の前では無力で、人は既にアルゴリズムになっていると言っているに過ぎず、単なるディストピア論だから、というのがその理由。

氏の主張の根幹は、サイバー独裁に抗うヒューマニズムを持とうというもの。それはAIをコントロールする権利を人間が保持すること。

資本主義社会と並行しながら非資本主義的社会を小さいスケールから作っていくことがポストキャピタリズム

うーん、やっぱり資本主義を乗り越えて世界規模で展開できるポストキャピタリズムが具体的に提案できているわけではない。

ビッグデータを社会の共有財とし、それをみんなで管理することで調和的、人間中心的な社会を維持しようという考えには一定の共感がもてる。

それを踏まえてGAFAやBATをどうするのか。BATは中国共産党の考えに沿って動くだろう。GAFAの独占を嫌って、米国民主党社会民主主義勢力の言うように、分割、解体するのは得策ではないかもしれない。ここが議論の分かれ目になる重要なポイントなんだろうなあ。

さて、第2部のマルクス・ガブリエル。彼はNHK BSの番組「欲望の資本主義」に出演するなど、日本でも著名になっているドイツの哲学者である。

彼がこの本で言っていることは、共産主義とはなんの関係もない。まずは、SNSが助長する相対主義への批判。相対主義とは正義、平等、自由のような普遍的な価値を認めず、土地ごと、文化ごとのローカルな決定を認めることで、事実はいくつも存在するという態度のこと。普遍的価値を否定されては哲学の出番がなくなって困るよね。

次は、自然科学を絶対視する自然主義に対する批判。自然主義がはびこると政治的決定を一部の専門家に委ねる危険が生じるのがいけない(AIが支配するデストピアのことを言っているんだな)。

AIが倫理を持っていないことの批判。AIは不死である。どう生きるかが倫理なので、不死のAIには倫理がない。AIには意識がない。意識こそが思考と知性の前提となる。

うーん、彼の望む社会は人間が倫理観を持って生きる社会であって、AIに人が判断を移譲してしまうような社会になってはいけないということかな。では、どうしたらいいのということは何も言っていないような気がした。

この本を読んで、行き過ぎたように見える資本主義の有り様、GAFA独占の功罪、人はAIに判断を移譲してしまうのか、AIの時代に倫理に基づく人間主義は確立できるのか、環境主義は新しい共産主義(地球はみんなのもの:共有財産=共産)につながるのか、ビッグデータを人々の共有財(コモン)にする社会は実現できるのかなど、いろいろ考えるきっかけやキーワードをつかむことができたのはよかった。

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