シン・二ホンを読んで思ったこと。AIをビジネスに応用する専門家を自負する政府の委員なら、法改正を行ってAIを使う効率的な医療サービスの提供を可能にし、それによって浮いた予算を若者の将来投資に回す具体案を提示して欲しかった。それがないので自分でも考えてみた。

安宅さんのシン・二ホンというと、シン・ゴジラが流行った翌年(2017年)に財務総合政策研究所で行ったこのプレゼン資料が有名ですね。

「“シン・ニホン” AI×データ時代における⽇本の再⽣と⼈材育成」

https://www.mof.go.jp/pri/research/conference/fy2017/inv2017_04_02.pdf

シン・ゴジラのイメージ(ゴジラに体を張って立ち向かう若きイケメン内閣官房副長官と彼を支える若き官僚たちの旧来の発想にとらわれない活躍)もあって、過去の成功体験に凝り固まったまま老衰していく日本を変革し、若者が希望ある未来を作っていけるための仕組みを作ろうという提言は、政府内部も含めておおむね好意的に受け取られたんだろうと思った。そのプレゼンと同じタイトルの本が出たのでじっくり読んでみた。

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こういったプレゼンでは、通常、データにもとづいて現状を分析し、その延長にある未来の予想図はこんな風になると示す。それではダメなのが誰でもわかるので、そうならならないためには、こんなことを止めてあんなことを始めなくてはならない、というリストを次に示す。そして、それに必要な予算の見積もりとお金の出どころ(税金の分配の見直しや、補助金・寄付金などの手当て、用途を明確にした増税提案)まで作って、さあ、やりましょうという提言にまとめる。方々で話しておおむねその通りだねと好意的に評価されるが、一向にそれを実現する動きが見えてこない。それは現状維持を望む既得権益層が既存権力層と連携して新しい動きに有言無言の圧力を加えて変革の芽を潰すのが日本の常だから。

それを打ち破るには、誰が何をすることで世の中が変わるのか、そのインプリ(社会実装)の方法や、社会変革を起こすために人々をどう巻き込んでいく(社会運動化)のかのシナリオ(行政変更のための法改正を含む)まで展開されていることが必要で、それに注目しながら読み進めた。

【言っていることの概要】

言っていることは極めて当たり前のことだと思う。

AIがどんどん社会の中に入ってきて、人の働き方が変わる。機械でもできるような仕事をしていては人も国も生き残れない。日本はAIを利活用して今までの仕事のやり方を変え(ビジネスの質的な変化を起こす)、高い生産性を持って大きな付加価値を創造できる人材を育成することが急務である。

日本はAIとビッグデータの分野で先頭を走る米国や中国やから周回遅れでは済まないほど引き離されてしまった。でもまだチャンスはある。基礎技術では先行されたが、日本が昔から得意として来た応用技術で追いつけばいい。

既存事業(自動車、重電、ファインケミカルなど)のレガシー的な強みはまだ日本にある。その強みがあるうちに既存事業のやり方を変える。

例えば、自動車を作って売るというビジネスから、自動車を使った移動サービスを提供するビジネスに変えるような、ビジネスの形態ことも含むだろう(私のコメント)。

マーケティング、調達、製造などのビジネス機能をAIを利活用することで、ビジネスの運営方法を質的に進化させることに注力する。

例えば、ネット空間でAIの支援を受けてデータをやり取りしてビジネスを進めたり、会社という組織に属さなくても、ネットワークで人とAIがつながって仕事をするなど(私のコメント)。

そのためには研究開発に優れたトップ大学に傾斜的に研究予算を配分してAI-Readyな人材の育成と応用研究開発力を強化し、若い人に未来を託すべきである。

一方、シニア層は、提供価値と働く意欲があれば、90歳ぐらいまで働ける社会にすべき。既得権益にしがみつく「ジャマおやじ」にはならず、勝海舟のように若い人の活躍を支援する立ち位置で働くのが良い。

日本の国家予算は年金・医療などシニア層に手厚く(後述)、若者の未来に向けた投資(教育、研究支援)が少ない。日本の国家予算(一般会計は年間97兆円)の範囲内で、新規に3.2兆円を研究・教育投資に回す。それは功労者であるシニア層に向けた予算をひどく減額しなくても予算作成上のリソース再配分の努力でできるはず。まず、それから始めよう。

と要約できる。

【データに基づく知っておくべき事実】

この本は実際のデータに基づいて事実確認や、シミュレーションをしている。公開データばかりであるが、改めて見て記憶にとどめるべき数字もある。

1.日本の国家予算の使い方(2016年度)(図5-19、312ページ)

一般会計の収入は全体で97兆円。そのうち税金によるものは58兆円(税外収入が5兆円ある)で、34兆円が借金(国債)で、借金の比率は35% 。

支出の内の32兆円(33%)が社会保障給付費用関連(年金、医療)。ところがこの社会保障関連費にはカラクリがある。

勤労者は税金以外に社会保険料(年金と健康保険料)を払っている。そして企業はサラリーマンの納める厚生年金と同額の負担金を払っている。

この勤労者と企業が負担している社会保険料の総額は66兆円。建前としては、この66兆円と保険料の運用収入7兆円を合わせた73兆円の範囲内でシニア層に給付する年金と、国民全体の医療費の国庫負担分(自己負担分以外)を賄うべきなのだが、実際の社会保障関連給付費は118兆円で、45兆円の赤字になっている。

つまり、年金と健保は単独会計としてはとうに破綻している。そしてその仕組みを維持するために税収と国債の借金を合わせた一般会計収入97兆円から32兆円を補填するとともに、国税地方自治体に交付する地方交付金15.3兆円のうちの13.1兆円をも補填に使っている。

結局、118兆円の社会保障給付関連費用のうちの45兆円(38%)が国税(と国債という借金)から補填されている。

借金(国債)を含めた国家収入97兆円のうち45兆円(46%)が社会保障費の補填に充てられ、24兆円が残債払い(過去の社会保障給付費)。それに地方自治体を支援する地方交付金を除くと、残りは26兆円。これが真水と呼ばれる普通の意味での(紐が付いていない)国家予算で、真水と呼ばれる。

この真水の中に5兆円の国防費(自衛隊員25万人の約2.5兆円の人件費を含む)が含まれるので、自由に組める真水予算は21兆円しかない(しかも、34兆円借金した上で)。

ここから筆者提案の3.2兆円の研究開発支援費と人材開発費用(真水予算の15%)をひねり出すのは厳しいともいえる。なので、何らかの形で社会保障関連費用を減らさねばならないのは理解できる。

では、社会保障費を見てみよう。

社会保障給付費は全体で118兆円あるが、そのうち年金が60兆円、医療費が40兆円ある。その医療費のうちの26兆円が65歳以上のシニアに対する給付金である。

つまり、税金+国債社会保険料=170兆円のうちの86兆円(51%)がシニアのために使われているのである。

これを人口動態と合わせて分析してみる。

 

2.人口動態のデータ

ここで日本の人口分布を見てみよう(図5-22、 316ページ)

さらに詳しいデータはここにある

https://www.stat.go.jp/data/jinsui/pdf/202002.pdf

これを見ると日本の人口1億2600万人のうち、65歳以上のシニア層は3600万人(29%)。15歳から64歳までの勤労層は7500万人で59%。15歳未満のこどもは1500万人(12%)しかいない。

よく言われているように、ザックリ、勤労者2人でシニア1人を支えている。

86兆円が3600万人のシニア層に給付されているので、シニアは一人当たり239万円を国庫から得ている。日本はシニアにとっていい国であるように見える。

医療費で見れば、26兆円が3600万人のシニアに使われているので、一人当たりにすると72万円。年金はその残りの167万円という事になる。

これに対するシニア(65歳)の言い分はこうなる。

かなり恵まれたサラリーマン生活をした人の年金は年200万円ぐらい。だけど年金保険料はサラリーマン時代に累計で2000万円払った。同額を勤務先企業も払った。この4000万円を40年間国が運用したんだから6000万円にはなっているだろう。それは今貰っている年金の30年分にあたる。だから95歳までこの年金をもらうのは当然の権利なんじゃないの。

こう考えるのはありだと思うが、今の年金会計は単年度給付方式で、その年に勤労者から集めた年金保険料を全額その年のシニアへの年金支払いに充てている(それでも大赤字で税金から補填している)ので、このような蓄財型の年金積立保険の運用になっていない(年金保険と言う言い方が嘘っぽい)。

ここを言い出すと紙幅が足りないのでやめるが、年金保険の年度収支が、支出よりも収入のほうがずっと多かった昭和の時代に、来るべき高齢化社会への備えを怠り、政治利権の絡んだ放漫運営の結果としてとんでもない大金を無駄遣いした当時の政府の責任は重い。その罪滅ぼしもあるので年金の仕組みは税金を投入してでも維持しなくてはいけない(消費税の増税はその一部の手段)。

いずれにしてもこのままではもたないので、シニア(年金受給開始年齢)は70歳からにしようとか、働いていて一定の収入のある人は75歳まで年金を貰わないようにしようとか、75歳以上の後期高齢者で収入の低い人(資産の額は問われない)の保険料の負担(現状1割)の比率をあげようとか、シニア層の既得権を(シニアへの参入障壁をあげることで)全体としてソフトに削減する動きは当然とは思える(既に既得権者となった人をひどく痛めつけることはしない)。

それでも追いつかないほどのスピードで人口動態が高齢化するのは想像に難くない(平均余命が伸び、出生率が下がっているので)。

国家予算の分配率を若者にもう少し厚くすべきという建前論は皆が理解するだろうけれど、いざ政府がそういう政策を明確に実行しようとすると、シニア層が民主主義に則ってそういう政権は支持しないので実際には起きない。

選挙権が18歳まで下がったことだし、若者の利益を代表する政党が力を持ってもよさそうなのに、そういう革新系の動きはしっかりシニア左翼が”教育して”つぶしてくれる。

そういう風潮を打破して改革を進められる提案をこの著者はしているだろうか。それがなければ官僚の作文と変わらない。

そういった視点で見てみて、目を見張ったのは、著者の「尊厳死の合法化」の提案である。シニアで生き切ったと思う人が尊厳死の明確な意思表示を続けていて、自死ができない場合、その執行を(医師が)支援しても訴えられないようにするという提案をしている。

この著者は、国力=GDPと生産性、と考えるタイプの人に見えるので、シニアは90歳までロボットの支援で(ロボットスーツなどを着て)働けるのが生きがいになるだろうと言っている。

まあ、あえて極論すれば、働いていない(付加価値を生み出していない)シニアは(過去の日本を創った貢献者ではあるけれど)国家から見て価値がないと言っているに等しい。

「老人を生かさんがために若者を犠牲にするような国に未来はない」という主張が根幹にある。

私は、こういった「人の価値を生産性で測る」ような議論をする前に、著者お得意のITやAIを使って新しく信頼できる仕組みを作って(法律の改正が必要)国家予算の分配を変えるところにこそ、鋭く説得性のある提案を期待していた。だが、そういうレベルの提案は私には読み取れなかった。

私の懸念は医療費、特に(調剤薬局の薬剤師を介した)薬剤提供サービス関連費用の増大にある。

医療費の国家負担の削減は、医療のサービスを受ける国民の負担を増やす方向で考える前に、やることがある。

それは、医療費の7割以上を公金(健保と税金)が支出していることをいいことに、薬のサプライと流通、販売のビジネスを既得権益化(政府に現状を維持させるために、権益で得た利益を政治献金して還流させる)しているところをITやAIをつかって合理化(質は落とさずに、量的に縮小する)することを合法化することである。

具体的には、町中にコンビニよりも多い(注)と言われる調剤薬局に払う費用をAIとITを活用して削減することを可能にするように法律を改正(規制緩和)していく。

注)厚生労働省がまとめた最新の薬局数は5万9138店(2017年度末時点)で、前年度から460店増えた。同時期のコンビニの5万6334店よりも多い。

https://diamond.jp/articles/-/212915

 

極端に言えば、調剤薬局の機能は医薬情報を学習したAIとAIが管理する倉庫と、薬品調合ロボットで置き換えることが技術的にできると思う。それを日本で誰もやらないのはそれを禁止している法律があって、主に薬剤師の利権(処方箋を処理できるのは薬剤師という有資格者だけ。そして薬剤師が処理する処方箋に枚数は40枚に制限されている。自給3000円で8時間働くなら、1枚の処方箋処理代は600円)を守っているから。

AIによって置き換えられる仕事の筆頭は、ある程度の専門性が必要とされる定型業務(コールセンター、会計事務、倉庫業務など)である。その視点で見ると、”調剤薬局の”薬剤師の仕事はAIで置き換えられる仕事の候補に入る(創造性は全くいらない、一定の知識と注意義務だけ)。

素人目で見ても、投薬の減量とサービスの合理化の余地はかなりあると思う。

ウイルス性の風邪に効果のない抗生物質を投与するとか、腰痛のおばあちゃんがスポーツをやっている孫にあげるためにシップ薬やビタミンCを必要以上に処方してもらうとかを投薬の履歴をAIが管理して見つけてやめさせる。そういう事すらできていない(これはむしろ処方箋を出す医師側の問題)。

次にシニア層に多い、生活習慣病、すなわち、高血圧と高脂血症の投薬治療の状況を見てみよう。これらの薬は一旦飲み始めると一生飲み続けることが多いので、医薬品業界の安定顧客ビジネスになっている。

生活習慣病になると2か月に1回、かかりつけ医に行って、血圧測定や問診などの面談を行い、処方箋を貰って、近くの調剤薬局で薬を貰う。多くの人が薬を貰うと言うが、実際は買っている。医療は国に面倒を見て”貰う”ものという刷り込みが国民皆保険たる所以だと思う。

この時、個人負担でない元々の費用は

医院で 30分待って、5分程度面談して

①再診料 1290円

②医学管理料 2250円(長期間投薬するための根拠。実際は医院訪問頻度減少に対する補償ともいえる)

③投薬(処方箋代) 1400円

の、計4940円 (個人負担1480円)

調剤薬局

④調剤技術料 1630円 (生活習慣病の薬の場合、指示された個数の錠剤を袋詰めするだけ。倉庫業務のピッキングと変わらない。薬剤師は、似た名前の薬が多いので、医師の処方箋に書き間違いがないか、専門性と責任を持ってチェックする、と言うが、昭和の手書き処方箋の時代ならまだしも、電子カルテの時代にありえないだろう)

⑤薬学管理料 410円 (お薬手帳データベースの管理が根拠か)

⑥薬剤料(56日分)6720円 (一日分は120円、1年で4万3800円)

の計8760円 (個人負担2630円)

①、②、③は医院(普通は個人事業主)の収入で、これから看護婦や医療事務者の給料を払い、残りがオーナー医師の収入になる。調剤薬局は④、⑤から薬剤師に給料を払い、残りが薬局オーナーの収入になる。

一日120円の薬を買うために、薬価以外に、2か月に1回 医院に4940円、調剤薬局に2040円払っている。年6回なので、年間で(4940+2040) *6で 4万2千円になる。

こういう人が中高年を中心に1000万人いるとすると4200億円になる。

医療費40兆円の1%だけれど、生活習慣病の薬の販売を処方箋処理のルートを通すだけで、年収420万円の医療従事者(医院の従業員)や薬剤師を10万人養っているともいえる。

注)高血圧患者数は993万人、年間医療費は1.8兆円

http://www.seikatsusyukanbyo.com/statistics/disease/hypertension/

  高脂血症患者数は220万人

http://www.seikatsusyukanbyo.com/statistics/disease/dyslipidemia/

 

これを5Gの時代に、IoT血圧計などのデイリー計測データとスマホのビデオ会議をベースにしたオンライン専門の医師との面談による判断に基づいて投薬量の増減の判断を医師が行う。電子処方箋が患者経由でスマホで支払い処理されて、定期購買のサプリのように製薬メーカ(あるいは大手クスリ問屋)から個人に届くようにすれば調剤薬局を介したルートは必要なくなる。

しかしこれは現行法が阻んでいるので実現できない。ITを使って医療の質を落とすことなく医療費を下げることができるのであれば、国家や国民の視点ではやるべきだと思うがどうだろう。

著者も言っている。いずれAIや機械に置き換えられる仕事にしがみついてはいけないと。

生活習慣病の投薬ルートの合理化だけでは医療費の大きな削減(実際は調剤薬局薬剤師と医院の医療事務者数の減少)にはならないが、このやり方を花粉症治療薬などに広げていくこともできるだろう。

リアップやバイアグラのような、命にかかわるというより、生活の質を改善する薬(ちょっと微妙)は医師の処方箋のもと一般や薬局で、国庫の補助なく買っている。これは主に製薬会社を儲けさせる値付けなので、病気治療薬には向かない。

ITを活用した医療サービスの生産性の向上を実現するための法改正レベルの提案と、現状維持でサプライヤー側の既得権益を守りたい反対勢力をどう抑え込むかのシナリオをITの専門家である著者に(心ある)医療の専門家と法律家と連名で語って欲しかったな。

なかなか医療分野で協力者が出ないだろうけどね(村八分が怖いから)。だから書けないのかな。これは、専門の出口を持たない横断技術的なIT関係者が悩むところでもある。だから業種SEは業種知識を磨くが、それでも有資格業務分野ではその分野の専門家と対等になれない。

中国のように医師が絶対的に足らず、医療サービスレベルの低いところでは積極的にAI医療が進むだろう。例えば、医療知識を学んだAIが人間の医者を支援する(重篤と軽症の選別をして、重症者を早く医師に繋ぐ)、医療チャットボットが患者の相談に乗り、普通の風邪のような軽症には処方箋を発行し、患者はその処方箋(QRコード)で薬の自動販売機から薬が購入できるような事。

日本ならではのAIを使った合理的な医療・投薬サービスの生産性の向上提案こそ、この著者から聞きたいと思った。それが若者に予算を厚く配分する第一歩になるのだから。

でも、振り返ってみると、AIを活用して調剤薬局経由の投薬コストを4000億円規模で削減しても、それは薬剤師や医療従事者10万人の失業を生んだだけ。それを補償する社会保障費が発生するんだから、国家予算の使い道のモグラたたきになっているだけ。結果として予算総額を減らす効果は薄いし、その効果よりも失業を生んだ苦しみや損失の方が大きいから、やらない方がいいんだよ、と言う既得権者の正論が聞こえてくるような気もする。

これに対し、いや、社会は技術革新をテコに進化(=GDPの拡大と、生産性の向上)していかないと先進国的な幸せを確保できない。発展途上国的な仕事を捨てて、それで困る人には新しい仕事ができるような教育訓練をする、というのがこの著者に代表される成長論者の言い分なんだろうな。

それに対し、人は幸福になりたいのさ。だけど、お金があるからと言って幸せとは限らないし。幸福=私有財産の増大(欲望の充足)と考えるから、苦しい(仏教ぽいな)。成長なんか求めないで、地球という、生き物全体の共通財産(共産)をみんなで分かち合う(新共産主義環境主義)生活がいいのさ。なんてことを言う一派もあるだろう。

基本は、「この地球という限られた環境に何人の人間が住めるか」だろう。今の人口は76億人。私がしっかり覚えている、50年前の1970年は38億人で、この50年で倍に増えている。この人口増大を支えてきたのは資本主義をドライバーとした生産性の向上であったことは間違いない。でもそろそろ限界かも、という直観はみんなにあるだろう。

この著者も一次近似のような簡単な計算をしていて、「CO2の吸収と排出がバランスすするための人口は、世界で50億人、日本では2200万人」と言っている(数値モデルのパラメータを変えるとどうとでもなるのは気候変動モデルとおなじ)。

人口増が当たり前と考えてはいるが、人類はこの100年程度の間に、戦争以外にも、疫病(スペイン風邪、3年で5000万人死亡、その前年までの第一次世界大戦の死者は1600万人なので、ウイルスは戦争の3倍人を殺した)や飢饉で多くの人口を失っている。

今まさに、新コロナウイルスの流行や、アフリカでのバッタの大繁殖が食物を食い荒らすことで起こる飢饉や、各地域での大規模山火事など、自然の持つ指数関数的な爆発力が、ほぼ線形のようにしか進歩しない人間の技術力を一時的に翻弄している感じもある。

こういう事から、自然が何らかのメッセージを人間に発していると思うかどうかは個人の自由だろう

 

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