「戦略の本質」この本の視点で新コロナウイルスとの戦争に対する各国の戦略について考えてみた

「戦略の本質」。2005年の本。いくつかの大手企業の非常勤取締役をやっていた野中郁二郎氏を筆頭著者とする有名な本。企業戦略を考えるのに役に立つのかなと思って持ってはいたが、今まで読んでなかった。自粛巣ごもり生活の中の積読解消プロジェクトの一環で読んでみた。

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率直な読後感は、ああ、戦争の戦略分析本か。共著者のうちの4人は防衛大学校教授だし。ベトナムでなぜ米国は負けたのか、とか、有名なスターリングラードの戦いって何だったのかとか、チャーチルはなぜナチスの攻撃からイギリスの制空権を守れたのかなど理解できたのはよかったかな(ダンケルクチャーチルの映画を思い出した)。

これ以外に、朝鮮戦争毛沢東vs国民党、第4次中東戦争イスラエルに負けなかったサダト)が分析されている。

 

【企業戦略へ適用できるか】

企業戦略策定に対する直接的な指南書ではない。戦いの分析を通じて、物量の面では劣勢であるはずの側が逆転勝利を収めるには、ぶれないリーダーシップと優れた戦略(戦略―戦術ー技術の重層的構造の水平的、かつ垂直的ダイナミックスを巧みに利用する:これだけでは意味不明か)の必要性をくみ取り、本書に例示されている戦略の重層構造に基づく勝利の方程式を自社に当てはめて、社長のぶれないリーダーシップの元で展開できれば、それは企業人にとって役に立つ本となろう。

それが自分でできない企業は野中さんを取締役に招いて御指南を受けるという訳か。

企業人に対する戦略の本質に関するメッセージは本書の本当の最後にかかれている。

「戦略の本質は、存在を賭けた「義」の実現に向けて、コンテクストに応じた知的パフォーマンスを演ずる、自律分散的な賢慮型リーダーシップの体系を創造することである。」

これを企業用語に翻訳すると、

「企業戦略とは、まず自社が対象とする市場を定め、その市場における当社の理念=ミッション(市場で果たす使命)を実現することを目指す組織を作ること。そのために市場動向の先取りを含めた優れた状況判断の元で(撤退を含む)業務を執行できる事業組織を構築する。その組織構造は先が読め熟慮断行できる社長の下に、自らの意思で企業理念の範囲内で自律的に動ける実働組織を作ることで構成される。」

となるのだろう。

これをお題目だけに終わらせないためには、本書に言う、戦略ー戦術―技術に渡る重層的構造をもった戦略を構築しなくてはいけない。その例を見てみよう。

 

【戦略の重層構造の理解】

表8-1に戦略の5つのレベル(大戦略ー軍事戦略ー作戦戦略ー戦術ー技術)が示されている。

こんな構造を見ると、すぐに組織論に置き替えられて(役員会ー本社戦略企画室ー事業本部幹部会ー事業部ー技術開発部)の役割分担論になってしまいそうだけれどそうではない。

チャーチルの例で行けば(表8-4)

大戦略:民主主義を守るためにイギリスを存させ、アメリカの支援、参戦を引き出す。

軍事戦略:戦略的持久と制空権の確保維持

作戦戦略:防空戦、防空システムの構築と一元的運用、戦力の節約

戦術:地上からのパイロット統制、(ロンドン市街よりも)飛行場・レーダーサイト防空を優先する。

技術:レーダー、邀撃戦闘機(スピットファイヤ)

となる。

 

【戦略の本質を構成する10の要素】

さらに、戦略の本質として次の10の要素を挙げている

弁証法:戦略の重層関係の矛盾を解いていくダイナミズムが必要

②目的の明確化:目的が不明確だったりぶれては勝てない(ベトナム戦争

③時間・空間・パワーの場(コンテクスト)を創造する:「大義」や価値観、士気などのソフトパワーを利用する。戦局の流れを読み(できれば自ら作り)時期を逃さない。

④人:リーダ―シップ=人事。適材適所の判断をリーダーができるか。分析的戦略論は傍観者的でダメ。

⑤信頼:組織内の信頼の欠如は大きな欠陥になる(ヒトラーの側近政治と軍事のプロに対する過剰介入による失敗)

⑥言葉:言語能力は政治の基本。チャーチルの優れたレトリック(信念を持ってVictoryを心情に訴え続けた)。

⑦本質の洞察:事実は目に見えるが、本質は目に見えない(星の王子様だな)。事実(データ)だけで判断してはいけない。戦争の背後にあり、それをコントロールしている目に見えないもの(意図、動機、文化、慣習、常識、制度など)を現場のコンテクストから読み取って戦略に反映する。

⑧社会:戦略を社会的に創造する。聞く耳もたないリーダーの独断専行はダメ。対話を通じて「善」を共同体の中で形成していく。

➈義:善の典型である正義をもつ(戦争の場合特に)。米国はベトナムで義が弱かったので負けた。

⑩賢慮:戦略の本質は政治的判断力。政治とは、交渉と調整のプロセスを通じた未来創造である。戦略の根幹は賢慮あるリーダーがいること。「戦略の本質は、存在を賭けた「義」の実現に向けて、コンテクストに応じた知的パフォーマンスを演ずる、自律分散的な賢慮型リーダーシップの体系を創造すること」

 

【対コロナ戦争の戦略分析】

ここまで本書を振り返って来て、今の新型コロナウイルスパンデミックのことを、欧米のリーダーを中心に「戦争である」と言っていることを思い出した。

それが戦争であるならば、各国のリーダーがとっている対コロナ戦略は上記視点から見て妥当なものであるかどうか見てみようと思ってやってみた。

 

【私が思う対コロナウイルス戦略】

大戦略:新コロナウイルスをインフルエンザ並みに管理して人類と共存させ、経済のグローバル化を推進する資本主義(民主主義:個人の移動の自由)を守る。

注) 今や世界レベルでの新コロナの封じ込め=なきものにする、は無理。仮に国内の封じ込めができた国があったとすると、その国は封じ込めができていない国に対して人の鎖国をするのかという厳しい選択が必要になる。それは資本主義のグローバル化での成長を是とする限りできない。国民がワクチンで自衛するしかない。

軍事戦略:集団免疫(ワクチン投与を含む)の確立。ワクチンの全国民(全人類)への接種。症状を抑える効果的な医薬品の世界的な供給体制と治療体制の構築。

作戦戦略:当面の治療体制の確立(医療崩壊させない)。ワクチンと有効な治療法が未確立な間の行動制限とそれから生じる経済的ダメージへの支援を合わせて行う。

戦術:検査の実施。症例のトリアージ。軽症者の隔離と対症的治療。重症者だけを専門病院で救命治療。医療体制増強。

技術:【現状】医療体制(検査キット、感染病棟、防護服、人工呼吸器、ECMO)、マスク、消毒液、検疫体制。【将来】ワクチン、症状抑止薬。

 

【日本と欧米のコロナ戦略の比較:義のあるリーダーシップの差】

日本では、まずは医療崩壊をさせないという、医療サービスの供給者側に立った作戦戦略のレベルで行動が開始されたと思う。そのためには重症者の救命にフォーカスして、軽症者を医療機関に来させないためにPCR検査を保健所経由のルートに限定し、あわせてクラスターつぶしで2次感染を防ぐことに集中した。ワクチンや治療薬の目途もなにもない状態では対症療法的な作戦しか取れないのはしかたのないことだと思う。

これはこれでいいと思うのだが、サービスを受ける側(国民)の不安を拭うという事の重要性を軽視していた(コンテクストが読めていない)。そのため、何で政府は患者(国民)の立場に立って全数検査しないんだという不安を煽り、かつ、定量的に実現性のない感情論に訴える浅薄なマスコミの攻撃にあって、医療崩壊を防ぐことを第一優先とする作戦に、国民の理解と信頼を得ることに十分な成功は得られなかったと思う。

さらに、国会答弁の中の揚げ足取りみたいな感じで、政府が国民に提供するのは布マスク2枚か、他国は続々と国民への直接現金給付を決めているのに、日本政府はそこまで国民を軽視するのか、となってしまった。

一国のリーダのすべきことは、国難に立ち向かう義を共有べく雄弁(レトリック)を振るい、国民を救済するためにまずこれをすると述べる。そして、国民にすぐに直接的な支援を届けるとの具体性のある強いメッセージをだす。欧米のリーダー達はそこは間違えなかった。そうしておいて、国民がそれでもって難局を凌いでいる間に、国はこういう解決策を実行する、だから緊急事態対応を了解してくれ、と述べて国民の信頼と(忍耐を含む)協力を得ることだと思う。

それもしないまま、マスク2枚という末節な手段レベルの話を先行して話すような一国のトップは、事の重大性の順序(すなわち戦略の重層構造)すらわからないのか、と大きな落胆と失望を国民に与えてしまった。まあ、とりまきが悪いんだろうけどね。

やっとまとめた緊急事態宣言の予告発表では、一応の形にはなっていたので(多少まともなシナリオライターがいたんだな)、少しは気持ちが戻ったけれど、予定調和的な事前リークも甚だしく、トップの決断としての重みも式典の来賓挨拶程度にしか感じられない。欧米の政治対応の果断さに比べてこの落差はどこから来るのだろう。

それは、欧米は戦争をする前提で国の仕組みが出来上がっているからだと思う。トランプもマクロンも新型コロナとの戦いは戦争だと言った。それによって戦争下での私権制限を伴う国権の発動と国民へ支援を民主主義(国会の承認)を守りながらスピーディーに実行することができた。大統領制と議員内閣制の違いもあるだろう。

注) フランスのコロナ対策(3月17日)小売業などに1500ユーロの支援金を即時給付など。

https://www.jetro.go.jp/biznews/2020/03/836bd15b537bdd6c.html

米国のコロナ対策(3月25日)対策費220兆円、大人13万円、こども5万円の現金給付(小切手が届く)など。

https://www.jiji.com/jc/article?k=2020032500887&g=int

 

日本には戦争をする前提での国の運営の仕方などあるわけがない。そのことの是非をここでは論じない。しかし、それは緊急対応と決断の速さ、トリアージに対する覚悟、という意味で大きな違いが出てくる。せめて災害対応という意味での緊急時体制の構築を急ぐべきだと思う。今回その弱点が出たなとは思う。それ以前に日本の政治の進め方の問題もあるとは思うがここでは論じない。

日本の対策は提示されたけれど、これから国会の承認を得て、実行開始は連休のあとからなんてペースじゃないんだろうか。あまりに遅い。

日本のコロナ対策費108兆円。困窮世帯に30万円、収入減の個人事業主に100万円など

https://www.jiji.com/jc/article?k=2020040600747&g=eco

 

メルケルは、憲法レベルで強く抑制されている赤字国債の発行を躊躇なく決めて、国民を救う資金を捻出した。総額90兆円で、零細企業や個人事業主(芸術家を含む)を現金支給で支援する。

https://www.nikkei.com/article/DGXMZO57079960S0A320C2MM8000/

さらに、国民へのメッセージの中で、民主主義における移動の自由を守るという大義を説いたうえで、それを一時的に抑制することへの国民の協力を求めている。GDPの何%の予算を使うとか、給付の条件はこうだとか言う、政治家の成果のような枝葉のことなど何も言わず、心に滲みるいい演説だと評価されている。

 https://www.facebook.com/photo.php?fbid=2898548533569883&set=a.151626904928740&type=3&theater

こういうのをリーダーシップというのだろう。

本書でも結局戦争の勝敗を決めるのは義のあるリーダーシップだと言っている。

さらに、ドイツの文化大臣のメッセージも素晴らしい。日本の文化庁長官のメッセージとのあまりの違いに、私の知人の芸術家は愕然としている。

ドイツ:フリーランスの芸術家への無制限の支援を表明

https://jazztokyo.org/news/post-50875/?fbclid=IwAR31la9WaSoGGR35MdzhjqBfYNTtHj6lPU_hcsPeTpV_tLcNPsZVqtu7DBA

 日本:言葉だけ、支援の表明なし  https://www.bunka.go.jp/koho_hodo_oshirase/sonota_oshirase/20032701.html

 

さて、ここまで各国のコロナ対策における戦略を主にリーダーシップの観点から見てきたが、本丸の大戦略であるコロナウイルスの抑止に関する状況を見ておこう。

 

【ウイルスをいかにやっつけるか】

症状抑止薬については、既存の薬の転用で効果のあるものを探す試験が各種行われている。日本はアビガン(中国も支持)。大村先生のイベルメクチンや、ナファモスタットも見込みがありそうだ。アメリカ(インドも)はヒドロキシクロロキンを期待しているようだ。ただし、薬には副作用もあるので注意が必要だろう。

アビガン

https://www.jmedj.co.jp/journal/paper/detail.php?id=14305

ナファモスタット(フサン)

https://www.ims.u-tokyo.ac.jp/imsut/jp/about/press/page_00060.html

イベルメクチン

https://news.yahoo.co.jp/byline/ishidamasahiko/20200408-00172075/?fbclid=IwAR04dHUDtONJzM80kk8A3USjzgU0vHOiEDgArmhcyHg855ceHhKuNdFubWk

 ヒドロキシクロロキン

https://bio.nikkeibp.co.jp/atcl/news/p1/20/03/31/06752/

 

重篤肺炎=間質性肺炎の治療薬:アクテムラ】

新型コロナの厄介なところは、肺炎を起こし、時に間質性肺炎という重篤な状態になろこと。

この間質性肺炎の治療薬については、阪大の岸本忠三教授が開発し、中外製薬が作っているアクテムラ(点滴薬)が有望である。薬価は3万円ちょっとぐらいで、阪大系の本庶佑先生も一押しの薬剤である。

新コロナが重症化して致命的な間質性肺炎を起こすのはサイトカインストームという免疫系の異常反応が起こるため。もともと免疫異常が原因で起きるリウマチの治療薬であるアクテムラが、同じように新コロナウイルスが引き起こすサイトカインストームを抑止することが期待できるということのようだ。

https://newspicks.com/news/4838516/body/?ref=index

 まとめると、フサン(錠剤のカモスタットが簡便)でウイルスの侵入を防ぎ、侵入されららアビガン(錠剤)で増殖を押させ、重篤化しそうならアクテムラ(点滴薬)でサイトカインストームを防ぐ。という3段の備えで新型コロナに立ち向かうということが期待できると理解した。

 

【ワクチンのことをよく理解したい】

さて、大本丸の新型コロナウイルスのワクチンの開発状況である。

現在人体試験が行われいるのは、従来のような弱めたウイルスを体内に入れて抗体を形成させるタイプのワクチンではなく、遺伝子工学的な手法でウイルスの蛋白質を形成させ、それに対する抗体を形成させるものようだ。本物のウイルスを使うのではないので、安全に速く開発できるというのがウリだそうだが、人工的に作られた遺伝子が体内に入ることの影響がこの分野には詳しくない私には推し量れないところがある。

RNAワクチン

https://jp.techcrunch.com/2020/03/17/2020-03-16-first-clinical-human-trial-of-potential-coronavirus-vaccine-set-to-start-monday/

DNAワクチン

https://www.jmedj.co.jp/journal/paper/detail.php?id=14208

 

ちょっと余談になるが、

ウイルスに関しては、現在ではこの世に存在していない、あの恐ろしいスペイン風邪ウイルスを遺伝子工学的に合成することに、東京大学医科学研究所(白金台)の河岡義裕氏のグループが成功している。

あの4000万人が死亡したスペイン風邪の遺伝子情報(他の研究者がスペイン風邪で死んだ人の土葬された遺体からウイルスを採取してDNA解析をしたという)からスペイン風邪ウイルスそのものの人口合成に成功している(2007年)。

https://www.ims.u-tokyo.ac.jp/imsut/jp/research/papers/07011901.html 

そしてその猛毒性を証明し、その機構の解明の研究をしたとのこと。普通はインフルエンザにかからないサル10匹にこのウイルスを投与したら10匹全部が発症して死んだという。最近たまたま見ていたNHKの番組に河岡氏が出演していて、このこと話しているのを聞いた。びっくりした。多分これ。

https://plus.nhk.jp/watch/st/e1_2020040402442

これから、細菌兵器の恐怖(小松左京復活の日」のM-88など)を感じるのはSF映画を見過ぎた素人の戯言なのかどうか私にはわからない。ここで合成したスペイン風邪ウイルスは、白金台の研究所のどこかでいまだに存在しているのか、研究完了後に完全滅失が保証される形で処理されたのか、不安を感じるのは私だけではないと思う。(その話はなかった。)

 ウイルスが世界を滅ぼすのはネットの世界だけでなく、実世界でも起こり得るのは今の新型コロナの厄災を見ていても容易に想像できる。

 

【ポストコロナの世界】

さらに蛇足だけれど、いわゆる文化人と言われる人々が、ポストコロナの世界は今までと全く違う世界になる。人と握手もせず、大人数で集まることもしない。人の移動は政府から常に監視されるようになる。ネットでできることはみんなネットでやって、世界中を旅して世界遺産を満喫するようなことはできなくなる、なんていう人もいる。

https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20200406-00010009-chuspo-ent

私は冒頭書いたように、そうはならないようにするというのが大原則だと思う。

ハラリも人が倫理観を向上させることによって世界に壁を作らないことの重要性を言っている。

http://web.kawade.co.jp/bungei/3455/?fbclid=IwAR0zl1DpSGZVoEwE3XqSI6oLuFyHPah1TpcYtx3rR5Ik3LLlLU4bsfMtQj4

http://web.kawade.co.jp/bungei/3473/?fbclid=IwAR3IW2iRtih-MZ_5SzPx1CdQhK__fvrvt8-XFdRomwTTFtJOCkqPNbyCkxE

そういうことは起きないだろうし、また、決して起きないように、各国が全力を尽くすと思うが、仮に今の78億人の世界人口の何分の1かがウイルスの厄災によって失われるような事になれば、確かに世界は変わる。

今回の新型コロナウイルスは克服できても、別の猛毒性のウイルスが出現しない保証はない。なので、それを監視し、それらしきことが起こる予兆を見つけて早く対応する体制は強化されるだろう。そのためにビッグデータ監視国家の色彩を強める国は出てくるだろう。そのときやっぱり根幹をなすのは倫理観と経済成長の欲求充足のバランス感覚なんだろうな。

とりあえずここまで。後は別のブログにしよう。