METライブビューイングの「アイーダ」を観た。見どころ、聴きどころ満載で楽しめた。

ヴェルディアイーダ。これを劇場で見るのは厳しいご時世に、METのライブビュービューイングで堪能した。

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2018年の上演。METの昇降機全部を使いきって演出し、舞台や大道具の使いまわしが凄い。合唱団は100人以上。ソリストは文句なしの名手ぞろい。

METライブビューイングならではの、幕間の出演者インタビューや、舞台設定の変更の様子が見られるのも楽しい。

最初の紹介では、「アイーダ」は、エジプト王女のアムネリスと、エチオピア王女で、今はエジプトに捕らわれて王女付きの女奴隷となっているアイーダの間の、エジプト軍人ラダメスをめぐる愛の三角関係がメインテーマだと言う。その結末をとくとご覧あれということだ。確かに、第一幕はアムネリスとアイーダの間の恋の歌合戦になっているなあ。

アイーダと言うと、見せ場は第2幕第2場の「凱旋行進曲」。舞台上には何百人もの役者が登場し、エジプトを表現する大道具もド迫力だ。凄い衣装をまとって、もはや背景の一部と化した王様が、威厳あるバスバリトンで、敵国エチオピアの軍を打ち倒したラダメス将軍の凱旋を迎え入れる歌を歌う中、ラダメス将軍率いる凱旋軍が生け捕った捕虜をみやげに入場し、有名な主旋律が「アイーダトランペット」で演奏される。それを支えるオケも素晴らしい。

役者が100人規模の合唱団となって、それをバックに、ラダメス(テノール)、エジプト国王(バスバリトン)、アムネリス(メゾ)、アイーダ(ソプラノ)がそれそれの思いを絶叫するかのように、歌い重ねる。

ラダメスの願いを叶えて、捕らわれて捕虜となったアイーダの父を国王は救うのかどうか、ラダメスは戦勝の褒美として、ラダメスを片思いしている王女のアムネリスを娶るのかどうか。だけど、ラダメスは捕らわれて女奴隷となっているアイーダと結婚したいのだと。こういったカオスのそのまま歌にしてぶちまけても音楽にしてしまうヴェルディの面目躍如の場面だ。

戦勝凱旋という国家の慶事より、愛の三角関係の情念の方が勝る、ロマン派の世界を味わうところだ。

うーん、凄い。映画では歌詞の字幕が出るので、何を歌っていいるかはわかるが、これを劇場で聴いていたらどう聴こえるのだろう。100人のパワフルな合唱に重ねていくソリストの歌唱というものを現場で味わいたいものだ。

この派手な金管が鳴り響くオケをバックにした合唱とソリストの重ね方は、ヴェルディの「レクイエム」の後半、SanctusからDies Irae のところを思い出す。こういうのがヴェルディの音楽なんだな。

歌唱としての聴かせどころは、第四幕最期のアイーダとラダメスの二重唱だ。「愛のために死ぬ」というロマン主義の極致を歌い上げる。アイーダ役のアンナ・ネトレプトの切なくも美しい高音に泣きそうになる。

もう一つの素晴らしい二重唱は、アイーダと、アイーダの父でエチオピア王でもあるアモナズロの二重唱。父は、娘のアイーダが思いを寄せるラダメスを利用してエチオピアに逃げようと娘を説得し、娘はそれはできないと逡巡する心根を吐露するシーン。

そういえば、ベルディの「椿姫」をMETのライブビューイングで見た時にも、同じようなシーンがあった。それは、息子のアルフレッドの同棲相手であるヴィオレッタ(椿姫)に、父親のジョルジョ・ジェルモンが「息子と別れてくれ」と迫るところ。それはできないと最初は拒むヴィオレッタも最後には折れ、それを慰めるようにジョルジョが「泣け、泣け」と慰めを歌うシーンがとても素晴らしかった。

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2人が違うセリフを歌いながら見事にハモるのは、ありえない美しさだ。これもヴェルディの真骨頂だと思う。派手にラッパを鳴らして、ソリストに絶叫させるだけがヴェルディの音楽なのではない。

そして、この父親を演じているのは、両方ともアメリカ人のバリトン、クイン・ケルシー。歌声そのものに聞き惚れてしまう。断固たる決意をもって、娘に立ち向かう父親という役はまさにはまり役だと絶賛するところだ。

王女アムネリスを演じたラチヴェリシュベリも良かった。幕間のインタビューで、アムネリスはloveとjerousy であのようなふるまいになるけれど、badな人物ではないのでそのように演じたいと言っていたのがよく出ていた。

特に最後、生きたまま墓に入ったアイーダとラダメスの二人が墓の中で愛の歌を歌っているその真上で、アムネリスはラダメスへの思いを切々と歌う。ヴィジュアル的にも見事な愛の三角関係の表現だ。オペラはCDで聴いてもわからない、観るものだ、というのが実感できる。

また、インタビューで、アイーダ役のネトレプトはPieta(慈悲)という歌詞が20回ぐらい出てくるけれど、それぞれ意味が違うので、それらを歌い分けるのを聴いて欲しいと言っていた。私は3回ぐらいしかPietaが聞き取れなかったけれど、一流の声楽家の表現の深さに思いを致したところだ。

METならではの豪勢な舞台回しと出演者。ヴェルディの世界を満喫できます。お勧めです。

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