2020年6月30日にこの本を読んでみた。

瀧本哲史氏。東大法学部卒業と同時に助手(ほぼ首席卒業を意味し、そのまま進めばいずれは東大法学部教授)になりながら数年で退職して、マッキンゼーに転職。その後、エンジェル投資家として成功し、京大客員准教授として「企業論」や「意思決定論」を教える。

この本は、氏の母校である東大の伊藤謝恩ホール(イトーヨーカド―創業者伊藤雅敏さんの寄付で立ったビルにあるホール)で10代、20代の300人の若者に向けて、2012年6月30日に語った講演会を記録したもの。

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氏は、最後に2020年6月30日に、またこの場所で会って答え合わせをしよう、と言って講演を終えたが、残念なことに氏は2019年8月に病気で亡くなってしまった。

私はもうシニアと言われるのに近い年齢だけれど、2012年の時点でこれからの日本は若い世代の活躍にかかっていると期待して、熱い言葉を語った氏のメッセージと時代理解を知り、その先見性に対して、この8年で何がどう変わったか、変わらなかったかを検証してみたくて読んでみた。

【氏のメッセージ】

 ・カリスマに期待して世の中が良くなることはない。

・氏は、世の中を変えそうな人をたくさん作って支援することで世の中を変えられる可能性が高いと考えている。そのために武器を与えたい。武器を与える対象は20代の若者で、自分の頭で考え行動できる人。既成概念に凝り固まったエスタブリッシュメント層には期待できない。

・氏の言う武器とは、言葉と交渉力。言葉は論理とレトリックで出来ていて、この2つがそろうと言葉は力を持つ。その言葉を使って交渉力を発揮して、仲間を集める。

・交渉の極意は、自分たちの不幸を言うのではなく、相手が得と思うことを聞くこと。要は「聞いたもん勝ち」。相手の情報を集めて相手にとって魅力的でユニークな提案をすること(交渉は相手の利害を分析する情報戦と心得よ)。非合理な相手は猿だと思って研究すると気持ちが乱れない。

・仲間を作る時は、自分と属性の違う人を集める(井深大盛田昭夫だな)

・世の中は、若者:旧世代=1:2なので、単純な多数決(民主主義)では若者は勝てない。なので、交渉力を使って旧世代の2人に1人を仲間に引き入れる「分断工作」が必要。

・若者は霞が関の競合を作るべし。シンクタンクのような民間組織で政策立案に影響力を発揮する。

・ダメな場所にいて援助を受けるのは、そのダメの根本にある不合理が温存されるのでダメ。ダメな場所を離れることで世の中は変わっていく。

・政治でもビジネスの世界でも大きな変化を生み出すのは若者であるのを思い出そう(李明博、キャメロン、井深大松下幸之助など)。

パラダイムシフトは、旧説を墨守している年寄りが死んでいくことで結果として起きる。逆に言うと世代が交代さえすればパラダイムシフトは起きる。つまり、下の世代が正しい選択をしていけばいつかは世の中は変わる。

・ピラミッド型のトップダウン組織の時代から、フラットな組織での相互依存の時代になる。弱い力で繋がる相互依存の時代だからこそ、交渉力によって自分を有利な状況にもっていくことができる(上意下達ではないので)。

・中心がない分散的なネットワークを作る(これは先見性ありますね)。リーダをつぶそうとしても誰がリーダーだかわからない(アノニマスな)結社は強い(昔のフリーメーソン)。

・緩やかなつながりの秘密結社が、「意見は違うけれど、ある目的の行動のためには協力する」という動きをすれば、その件で世の中を変える力にはなり得る。そこでは仲間を増やすための交渉力が大事になる。

ベンチャーの成功要因はテーマとメンバー。

・アイデアだけでは成功しない。同じアイデアを思いついている人は他にもいる。大事なのはそのアイデアを実装する実行力。それと、自分がその事業をやる理由が強いこと(自分の人生経験が入れ込まれているとさらに強い)。それさえあれば交渉力も迫力を増し、仲間も支援者も説得できる。

・Bon voyageとは、自らリスクと向き合って進んでいく船長に対して敬意を込めて言う挨拶。船員に対して言う言葉ではない。Bon voyageと言える自立した人間が世の中を変えていくことを期待している(結言のことば)。

・8年後の2020年6月30日にまたここであって答え合わせをしましょう。

【読んで思ったこと】

真っ先に思い出したのは若者がネットを活用しながら政治活動を行ったシールズ(SEALDs)である。

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%87%AA%E7%94%B1%E3%81%A8%E6%B0%91%E4%B8%BB%E4%B8%BB%E7%BE%A9%E3%81%AE%E3%81%9F%E3%82%81%E3%81%AE%E5%AD%A6%E7%94%9F%E7%B7%8A%E6%80%A5%E8%A1%8C%E5%8B%95

https://www.sealds.com/

2015年から1年ぐらい活動して終わってしまった。「反安部」を前面に出した政治運動になってしまったので、各方面からの攻撃が凄かったんだろうな。

瀧本氏のアドバイスを考えれば、オジサン勢力を仲間にするための交渉の力となる、人生を入れ込んだビションが弱かったんだろうと思う。反○○だけでは人は説得できない。

そんなことを思い出しつつ、今いったい何が起こっているんだろうと思うのは、アメリカのBlackLivesMatter運動におけるジェネレーションZ(2000年頃生まれた若者)のことである。

https://www.businessinsider.jp/post-214266

SNSでデモを呼びかけ、誰がリーダーかもわからないが、集まって一応平和的なデモを行う。奴隷制を支持した南部を代表する昔の将軍などの銅像が引き倒されたりはするけれど、ひどい暴動のような形にはならなくなった(ここがフランスのイエローベスト運動と違うところ)。

この活動は社会に受け入れられている感じがする。トランプはごちゃごちゃいうけれど、それによって彼の立場はどんどん悪くなり、リベラル系の面々もこの運動を黙認している感じがする。なにか大きな社会的ムーブメントになりそうな予感がある。

香港が典型だけれど、最初は大学生が中心となった理性的なリベラル運動として始まったものに、別の意図を持った職業左翼やテロリスト、他国の工作員が入ってきて、デモが暴徒化し、最初の目的に対して真逆の結果になってしまうことはよくある。それが今のアメリカではあまり感じられないのは何か潮目が変わったのかと思ってしまう。

若者の過激な政治運動というのは、日本でも昔あった。それを全共闘運動と言う。1968年頃のことである(東大入試がなかったのは1969年)。

その頃アメリカでは若者のヒッピー文化が流行っていて、Summer of Loveと言われていた。ベトナム反戦活動の意味が大きい(終戦は1973年)。ジョンとヨーコが結婚してラブアンドピースをしたのが1969年。ウッドストックが1969年。

このころから50年経った訳だ。あのころの若者はさすがにもう70歳を超えた立派なシニアで、STAYHOMEしている。だから、今の若者(ジェネレーションZ)の活動は元ヤンチャな若者の「夢をもう一度」のアナクロニズムに汚染されないで済んでいるのだろう。

瀧本氏の言う、旧世代が死ぬことでパラダイムシフトが起きる、まさにその時代になったのだなと思う(シールズが活動した2015年はまだその旧世代(団塊の世代)が最後の一花にこだわる60代中盤だったことが災いしたのかもしれない)。

コロナに怯えてシニアがSTAYHOMEしている今こそが、若者がパラダイムシフトを起こす絶好のチャンスだ。

振り返って、日本の若者はどうなんだろう。コロナで飲食業でのバイトがなくなって授業料どころか生活費もない、などという話しか聞こえてこない。

翻ってアメリカ。アメリカは個人や企業の自由と利益を優先する共和党と、社会の平等と公正な分配を優先する民主党政権交代を繰り返してきたのと、根深い人種差別問題があるので、分断された階層間の対立と社会的公正の実現に対する感度が高い。

ここが日本と大きく違う。日本人はたいてい日本人はみんな一緒と思っている。150年ぐらい前に、戊辰戦争という内戦をしたけれど、上野の西郷さんの銅像を倒せなんて今言う日本人は一人もいないだろう。私の友人の一人は、鹿児島生まれで、就職した会社の新人研修先が会津だったので、殺されるか、と怯えたそうだが、よくしてもらったよ。なんて冗談が出るぐらい内部的には平和な国だ。

アメリカでは、戊辰戦争の数年前に起きた、米国の内戦である南北戦争の決着はまだ完全にはついていないと言う人もいる。南部軍の旗が州の旗の一部に残っている州もある。非白人のオバマ大統領がでても根本解決にはなっていない。

アメリカのジェネレーションZが150年越しの大きなパラダイムシフトを起こすのか、注目している。その時には従来からのリベラルのシニアエリート層は一掃されるかどうかがポイントだと思う。

オバマはこの辺のシニアホワイトリベラルエリートを守った。だから大きく変わらなかった。バイデンはそのホワイトリベラルの代表。非白人急進リベラルの若いオカシオコルテスあたりが、ひょっとして副大統領にでもなって(多分無理)、バイデンに事故でもおこればとんでもないことになるかな、と他国のことながら妄想している。

さて、もう一度日本。コロナ禍をきっかけに、STAYHOMEしている旧世代を押しやるような大きなパラダイムシフトを若者が起こす感じは全くしない。

経済的な困窮が若者の活力を奪っているのか、答えのないことにチャレンジするマインドをなくすように仕組んだ旧世代の教育の仕組みが機能して、若者にとっては残念なことになっているのか。

アメリカでは、「I can't breathe.」と言って亡くなったフロイド氏の弟が、「暴力ではなにも変わらない。変えるのなら選挙に行ってくれ。」と言った。この一言はひょっとしたら歴史に残るかもしれないと思う。

瀧本氏の言う、言葉の力が仲間を作る好例だと思う。

日本ではどうだろう。「人を生産性だけで測るな!」と強い言葉を発した人が都知事選に出ている。この言葉が、困窮している若者を集約する力になるのかどうか注目している。

でも、瀧本氏はカリスマを求めるのではなく、自分から行動しようと言っているんだよね。

なんだか、日米の若者比較論になってしまったけれど、瀧本氏の2012年の言葉は今でも全く古びていない。

特に、中心がない分散的なアノニマスネットワークが世の中を変える力があると、2012年の時点で言っているのは凄い先見性だと思う。

話は突然経済になるが、旧来の効率の悪いSWIFTベースの国際送金の仕組みに風穴を開けようとしたビットコインの基本は、このオープンで管理者のいないアノニマスな分散システムにある。

オープンなのにハッキングが事実上不可能な価値交換(送金)と交換結果の合意形成の仕組みを作ったところが凄いところである。

ビットコインは2009年頃に始まり、2012年のキプロス危機の時の金融資産の逃避先として使われた頃から注目度が上がった。そんな頃に瀧本氏は分散型アノニマスシステムの将来性を見据えていたんだな。

それと、フラットな組織での相互依存の時代になるという予言。これは今後進んでいくだろう。けれど、ピラミッドの中間層にはびこって何もしていないオジサンたちが抵抗勢力。そういうオジサンたちはワークホームで自分たちの不要不急度が顕在化しているので、焦ってGOBACKOFFICEを叫んでいる。これもやりようによっては今がチャンスだ。

もう脱線しまくりだけれど、それは瀧本氏の言葉が今でも輝きを放っている証拠であるともいえる。

若い人はもちろん、どなたにもお勧めです。

#瀧本哲史 #BlackLivesMatter #全共闘 #GeneationZ #ジェネレーションZ