吉森保 阪大教授の、最先端生命科学の良質な入門講義書、「LIFE SCIENCE 長生きせざるを得ない時代の生命科学講義」を読んで思ったこと

吉森保 阪大教授の、最先端生命科学の良質な入門講義書を読んだ。

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タイトルは「LIFE SCIENCE 長生きせざるを得ない時代の生命科学講義」。

タイトルは覚えきれないほど長いが、その記述は、「科学とは仮説検証である」ことから始まって、平易な言葉を用いた簡潔な説明が項目ごとに順を追って積み上げるようになされていて、読み進めるにつれて、生命科学の先端研究が細胞(特にオートファジー)に関して解き明かしたことをとてもクリアに理解できる。

科学的仮説検証、細胞の基礎をおさえたうえで、遺伝子の正体が説明される。そして、遺伝子=DNAの情報からいろいろな種類のアミノ酸が作られ、そのアミノ酸がつながりあうことでタンパク質が作られ、そのタンパク質でほぼ細胞ができていることがわかる(膜は脂肪でできているし、遺伝子は核酸であるなど他の構成要素もある)。そして、細胞を構成する各器官(オルガネラという、ミトコンドリアやリソソームのようなもの)の働きが説明される。

それを理解した上で、吉森氏の専門であるオートファジー(細胞が自分を構成しているタンパク質を食べてアミノ酸に分解し、そのアミノ酸を再利用して必要なたんぱく質を作りだす。このリサイクルプロセスによって細胞の中身を入れ替え、動的平衡でもって正常な機能を維持していくこと)に焦点をあて、オートファジーが免疫や病気、老化に深く関係していることが説明される。

さらに、健康長寿のためにはオートファジーを活性化することが大切で、それを推進するための生活態度(食事の間隔を空け、間食をしないプチ断食を日常的に取り入れる。納豆、チーズのような発酵食品や赤ワインを食す、など)が示される。

有用な情報が満載であったので、心に残った記述を拾いつつ、コメントを加えてみる。

1)科学するとは、仮説を立てて検証すること。

 検証するとは、実験によって、Aという原因がBという結果をもたらすという事を直接的に示してAとBの因果関係を明らかにすること。

例えば、Aの遺伝子を持つマウスとその遺伝子が働かないようにしたマウスを作り、それらを同じ環境において、Aの遺伝子を持つマウスだけにBという症状が現われれば、AがBの原因であると検証できたことになる(薬の有効性の検証のやり方を思い出す)。

AがあるとBになると言うような相関関係を示しただけでは科学ではない(相関関係は統計的な確からしさを言っているに過ぎない。単に過去の経験を整理して、らしいことを言っているだけ。データの集め方に恣意性を持たせて偏った見解を流布するエセ科学に注意する)。

コメント:よく言われるように、AI(人工知能)は因果関係を説明できない。AIは教師データを学んで賢くなっていくが、AIは(大量の入力データとラベル出力の間に見出した)相関関係を使って、新しいデータに対する最も確からしいラベル出力の確率を示しているに過ぎない(学んでいないものは出力しない。その意味で創造はしない)。なので、AIは相関関係を見いだせても、因果関係を説明するものではなく、ここでいう科学ではない。

AIや統計の示すものを、因果関係から解き明かした科学的根拠に基づくものだと混同してはいけないと吉森先生は言いたいのだなと思った。

検証できないものは科学ではない。本文にも出てくるが、「日本はこのままなにもしないでいると新型コロナで42万人が死ぬ」というのは、検証できないので科学ではない。

統計的なモデルに当てはめてはじき出した数値をそのまま鵜呑みにするのではなく、科学的に因果関係を追求する視点を持って冷静に見ることが大切だと、吉森先生は言いたいのだなと思った。

2)ヒトは37兆個の細胞で出来ている。体の大きい人は細胞が普通の人よりたくさんあるのではなく、一つ一つの細胞が大きい。

コメント:37兆個という数字に驚く。脳細胞が何個、神経細胞が何個というように、機能別の個数が知りたいなあ。今の最先端LSIトランジスタ数は、3D NANDメモリ( 128Gb TLC)で数千億個(1.33Tb のQLCなら1兆個を超える)、GPUで数百億個(NVIDIAのTesla100 で210億個)のようなので、まだ細胞の数に及ばない。まずは脳細胞と神経細胞の数が知りたい。

3)動的平衡とは中身が変わっているのに見た目は変わらないこと。

コメント:生命の恒常性の本質かな。福岡伸一さんの本を読まねば。

4)細胞内の物質の輸送は膜(コレステロールなどの脂質で出来ている)によって行われる。

膜は袋のようになっていて、分かれたりくっついたりする。そうすることで物質の取り込みと受け渡し(輸送)を行う。

膜の役割はそれにくっついているタンパク質が決める。

タンパク質で出来たレールの上を膜が移動する。荷札もついている(なんだかTCP/IPのパケットみたいだな)。

妄想だけど、超弦理論でひもが膜にくっついている表記を思い出した。細胞内の膜は2次元的に見えて3次元なのが興味をそそるなあ(AdS/CFTか)。

5)DNAのならびは3文字でワンセットになっている。

それは細胞を作るタンパク質の元になるアミノ酸が3つの文字であらわされるから(クオークも最初は3種類だった。3はマジックナンバーか)。

DNAの表記文字はA,T,G,Cと4つあるので、アミノ酸は4x4x4=64種類あるように思われるが実際は20種類。

それはAAAと表記されるDNAから形成されるアミノ酸はリジンであるのに加えて、AAGでもリジンになる(光学的異性体なんだろうか?)。そして、ATAでもATCでもイソロイシンになる(このあたりの冗長性はも少し説明が欲しかった)。

体に必要な20種類のアミノ酸の内、11種類は体内で作られる。それ以外の9種類のアミノ酸は食事から取り入れないといけない。

https://www.orthomolecular.jp/nutrition/amino2/

(断食などで)糖や脂肪という食事からとりこんだエネルギー源が枯渇すると、細胞が分解されてアミノ酸を作り、それがエネルギー源として使われる(オートファジーの機能のひとつ)。なので、過度な断食をするとタンパク質で出来ている筋肉がやせ細るのでよくない。

6)タンパク質以外の脂質や核酸酵素に(よる化学反応に)よって作られる。酵素もタンパク質で出来ている。酵素はまた、栄養やよごれを分解する。

コメント:醤油は豆のタンパク質が酵素(麹菌)によってアミノ酸(うま味成分)に分解されることで作られることを思い出した。

複雑なヒトのからだもDNAの3文字の情報からアミノ酸が作られ、20種類のアミノ酸が複雑につながったタンパク質で体が作られる(タンパク質の一種である酵素が化学反応で脂質や核酸を作ることを含む)。

7)DNAが2本の鎖で出来ているから情報がコピーできる。

メッセンジャーRNAがその場所で必要な情報をコピーして核外に出て、それをもとにタンパク質が組み立てられる。

8)タンパク質の約半分が酵素

9)DNAはハードウェアでゲノムはソフトウェア。

ゲノムとはヒトひとりを作るのに必要な情報全部の事(それがDNAという物質のATGCの並び順で表現されていいる)

DNAは本で、遺伝子は文。

9)病気とは細胞がおかしくなること。

その原因は、

①細胞の中にタンパク質の塊が溜まる(アルツハイマーなど)。

②ウイルスなどの病原体に殺される。

ミトコンドリアが故障する。

ミトコンドリアは、酸素を取りこんで糖や脂肪、たんぱく質を分解してエネルギー(ATP)を生み出しているが、ミトコンドリアが故障すると、活性酸素が細胞内に漏れ出し、それによって細胞が死ぬ。

10)ホルモンとは細胞に指令を与えるもので、たんぱく質や、コレステロールから作られたステロイドなどで出来ている。

膵臓にある内分泌細胞からインシュリンというホルモンが血液中に発出されると、それを肝臓の細胞にある標的細胞が受け取って、血液中の糖を細胞内に取り込む。

11)体内の情報伝達は血液中のホルモンと神経網の中の情報伝達物質によって行われる。

ひとつの神経細胞の中は電気信号が走り、お互いが絶縁されている神経細胞の間を情報伝達物質が情報を伝える。

神経細胞についているケーブル(軸索)は脊髄中にある最長のものは1メートルもある(この軸索中の電気信号の伝わりはとても速い)。

血液循環でのホルモンの伝達は20秒ぐらいかかる。

12)細菌は毒素を作る。毒素は酵素。その酵素が細胞に侵入し、その細胞を構成しているタンパク質を分解することで細胞を殺す。

13)免疫とは「正常な自己」と「非自己」、がん細胞のような「異常な自己」を見分ける仕組みの事。

コメント:自己を規定するのが免疫。スギ花粉が体内に入っても(自分ではないが無害だから)攻撃しない免疫系を持つ人と、異物と思ってそれを免疫が攻撃してしまう(花粉アレルギー:花粉症)の人がいるのはどういう訳だろうと思うが、その答えはこの本ではわからなかった。

13) 風邪は、ほぼ100%ウイルスで起こる。抗生物質は細菌は殺せても、ウイルスは殺せないので風邪には効かない。ただし、風邪の症状のひとつである喉の痛みがA群レンサ球菌で引き起こされている場合は、その喉の痛みに対しては抗生物質が効く。

14)自然免疫とは食細胞が病原体を細胞内に取り込んで分解する(食べる)こと。炎症で熱が出るのは、細菌の増殖を抑え、食細胞を活発化するための体の反応。

15)キラーT細胞は、ウイルスが入り込んだ細胞を殺す(敵に乗っ取られた味方を殺すようなものだな)。キラーT細胞は敵方の細胞の壁に穴をあけ、自殺しろと命じる物質を送り込む。キラーT細胞はがん細胞をも殺す。

16)抗体はB細胞で作られ、細胞の外に分泌される。

  抗体は、ウイルスが細胞に入るための鍵にくっついて鍵の形を変え、ウイルスが鍵を使って鍵穴から細胞の中に(膜にとりまかれて)入るのを阻害する。

17)免疫細胞とは、食細胞、キラーT細胞、B細胞、(+樹状細胞、ヘルパーT細胞)をひっくるめて言う。

18)B細胞は、侵入者が来ると片っ端から(侵入者の持っている鍵にくっつきそうな)鍵のカバー(抗体)を片っ端から作って試す(これを発見したのが利根川進氏)。

抗体の遺伝子は何千万種類もある。(過去に侵入された経験から侵入者の鍵先にフィットするカバー=抗体の種類がわかっていて、それをすぐ準備できれば、鍵穴からの侵入を阻止できる:これが獲得免疫)。獲得免疫の抗体はメモリーT細胞がつくる。敵が侵入すると、まず自然免疫が出動し、その敵の情報を獲得免疫に伝える。過去の侵入者の再訪であれば、メモリーT細胞がその侵入者に対する抗体をすぐに発出して、侵入者の侵入を防ぐ。

けれど、相手のウイルスも頻繁に変異をするので、一度獲得した免疫が機能しなくなることもある。

19)抗体やT細胞による獲得免疫は、脊椎動物にしかない(自然免疫は多くの生き物が持っている)。

20)自然免疫も少し記憶する。それを訓練免疫という。

21)病気の原因になるたんぱく質にかっちりハマる形を持つ物質を作り、それを薬にする研究が進んでいる。タミフルはそうやってできた(SBDD:Structure Based Drug Design)。

22)トランプ大統領を治療した薬はウイルスの鍵にくっつく抗体を人工的に作った最先端の薬。

23)抗体の一種である「アクテムラ」は、「免疫働け」という指令を伝達するインターロキシン6(IL6)というサイトカインにくっついてその伝達を阻害する。それによって過剰な免疫が発生して死にも至り得るサイトカインストームを抑える。

24)死なない生き物がいる。それはベニクラゲ。

死や老化がある方が、種としては様々な生存競争を生き延びる確率が上がるという仮説がある(死がなくて増え過ぎると食料不足で種が絶滅する。天敵に群れが襲われた時、老いた弱いものがやられて、若者が逃げきる助けとなる方が種が生き延びる確率が高まる、というのがその主張)。

べニクラゲは進化の競争から外れてひっそりと生きているマイナーな生き物だから死ななくなったと言える。

べニクラゲはなんと若返る(コメント:これを煎じ飲めば若返りの薬だ、とエセ薬品ができそうだ(笑))

25)アホウドリハダカデバネズミ、アブダブラゾウガメは老化せず、定められた時が来ると、突然死ぬ。

26)老化がなく、死なない未来はいいことなのかどうかに科学は答えを持たない。

コメント:その答えを倫理学や哲学に求めるのも個人的には違うと思う。宗教ごとの固定された死生観に、科学の進歩がもたらすかもしれない不死の善悪に対する答えがあるのかどうかは、また別の話だ(宗教とはあの世での不死を語るものかもしれない)。科学はできるできないの話はするが、やるべきかやらざるべきかの善悪の話はしない。善悪が多数決で決められるとも思えない。

27)オートファジー

①飢餓状態の時、細胞の中身を分解して栄養源にする。

②細胞の新陳代謝を行う(恒常性の維持)。

③細胞内の有害物質を除去する。

③はすべての細胞に備わる自然免疫のひとつともいえる。

28)オートファジーで除去できないウイルスがある(HIVSARS)。ポリオウイルスはオートファジーを利用して増殖する卑怯なヤツ。

29)神経細胞と心筋細胞は死ぬまで同じ細胞が使われる。なので、これらの細胞のオートファジーによる細胞内の掃除は大切(神経細胞のオートファジーの能力が低下してこの掃除がうまくいかなくなってゴミが溜まるとアルツハイマーになる)。

30)オートファジーにブレーキをかけるルビコンというたんぱく質がある。

なので、ルビコンを増やしてしまう生活態度を改めよう。注意すべきは高脂肪食。

高脂肪食で肝臓でルビコンが増える。その結果脂肪肝になる。

ルビコンにくっついてその働きを阻害する薬が作れると脂肪肝の予防、治療ができる。

31)寿命を延ばす5つの方法

①カロリー制限 プチ断食など

インスリンシグナルの抑制

③TORシグナルの抑制

TOR(ラパマイシン標的タンパク質)は代謝やタンパク質の合成を促進させる。それを抑え気味にする(なくすと死んでしまう)。

生殖細胞の除去(相関関係として宦官は長命である)

⑤エネルギーを作りだすミトコンドリアの抑制

つまり、元気があり過ぎるよりも、省エネ低活動の方が長生きする。

ポイントは①-⑤のすべてがオートファジーを活性化すること。

32)LIFE SPANの著者である、シンクレア、ハーバード遺伝学教授は「老化の情報理論」を展開しているが(老化は病気だと主張、つまり老化は治せる)、細胞レベルの議論はしていない。

32)加齢とともにオートファジーの働きが悪くなる。それはルビコンの増加原因を除去すれば防げる。

33)ルビコンは脂肪細胞では必要。それがなくてオートファジーが活性化し過ぎるとホルモンを創り出すタンパク質が分解されて、ホルモンが出なくなる。

34)老化と死を起こすプログラムがゲノムの中に隠されているという仮説がある。

35)ミトコンドリアが壊れて活性酸素が漏れてくるとがんになる。

36)オートファジーはがん細胞を助けてしまうので、がんになったらオートファジーを止めるといい。そういう治験がアメリカで始まっている。

37)オートファジーは炎症によるサイトカインの放出を抑えている。

38)オートファジーを活性化すると、美白、肌のハリの回復が期待できる。

39)納豆などの発酵食品に含まれるスペルミジンがオートファジーを活性化させる。

  スペルミジンは体内で作られるが、年をとると作る量が減少する。

40)お茶のカテキン、サケ、イクラ、海老の赤色成分(アスタキサンチン)もオートファジーを活性化させる。

41)赤ワインに含まれるレスベラトロールもオートファジーを活性化させる。

42)食事制限をすると、体脂肪や血圧が減少し、IGF-1(インスリンに似た成長ホルモン)が低下する。IGDF-1が下がると長生きする。

43)運動をするとオートファジーが活性化する。

以上、メモとして